第39話 黒炎と死肉
「〈
戦いの幕開けと共にチナツの異能が発動される。同時に、周囲の死肉とかした牡牛たちが突如としてうねりを上げて動き出した。
死んでいるはずなのに、動いている。おそらくは、それが彼女の異能の特性なのだろう。死肉の兵隊を作り出す。その兵隊を、チナツは自由自在に操ることができる。それが、〈
「〈
操られる死肉たちは次第にひとつの肉塊へと集束し、10メートルを超える怪物へと姿を変えた。牛の頭に溢れ零れるような筋肉の鎧。もしもこの姿をチナツが元居た世界にある名前で例えるのならば、ミノタウロスという言葉が適切だろう。
ただし、地球のミノタウロスも、もちろんこの世界のミノタウロスもここまで異形じゃない。
頭から背中にかけて無数に生える棘のような角。半身を覆いつくすほどのぎょろりとした眼光に、ぶらぶらと体のあちこちに生える牛の足。それらを無理矢理まとめた小学生の粘土細工のような人型の体には、吐き気を催すような醜悪さがこれでもかと詰め込まれていた。
それでも、その異形を軽視することはできないだろう。何しろ、この異形ミノタウロスの元となったのは筋肉が異常発達した牡牛たちの死肉だ。それが一つになったということは、異形ミノタウロスの体はすべて筋肉で出来ているということ。
その剛腕が発揮する破壊力は、絶大なものとなるだろう。
だが、
「モエロ」
異形ミノタウロスの前に立った黒い子供の言葉に合わせて、彼の背中にそびえる翼がはためけば、舞い落ちる羽根のように暗夜の炎が風に乗って異形ミノタウロスへと流れていった。
そして、風に流れた炎が異形ミノタウロスの体に触れた瞬間、炎が弾けると同時に、燃えるという行程すらも飛ばして異形ミノタウロスの肉体が消し飛んだ。
「まただ……」
突如消失したように消し炭になる肉体を見て、チナツは自分の右腕を消したものが同じ炎であることを悟る。それと同時に――
「触れなければいいだけでしょ!!」
少年のもつ翼の炎は驚異的であるが、それも触れなければどうってことはないと見抜くチナツ。勇者が誇る戦闘能力を遺憾なく発揮する彼女は、驚くべき速度で少年へと肉薄し、彼女に唯一残された左腕を振りかぶった。
「〈
すると、今度は蠢く死肉がチナツの左腕に集束したかと思えば、新たなるハルバードを作り出す。
「死ねぇぇぇぇえええええ!!!!」
元のハルバードよりもさらに巨大化した新たなる武器。ぐちゅぐちゅとグロテスクに蠢く、奇怪な生物を塗り固めたような刃が少年に襲い掛かる。
ただ。
「〈――――〉」
その刃が少年へと届くことはなかった。
「……え?」
通り過ぎるようにチナツの横を少年が移動する。ただそれだけで、削り取られるようにチナツの上半身の半分が、ハルバードごと消し炭になったのだ。
顔の半分すら消し炭となった彼女は、しかし自らの死にすら気づいていない様な顔をして、地面へと倒れた。
チナツは、死んだ。
同時に、彼女の〈
あまりにもあっけなく戦いは終わった。
「……ユルサナイ」
だが、黒の敵意は終わっていなかった。
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