第37話 正義と狂気



『もしも今の一撃がお前の最大火力なんだとしたら、新しい魔法を磨いておいた方がいい。威力はそれなりだが、あれだけ時間をかけておいて俺を殺しきれてないのが理由だ』


 様々な魔法を重ね掛けた〈ライトニングブーツ〉は間違いなく俺の最高の一撃だ。しかし、バラズさんは語った。それでは足りない、と。


『あれは切り札たりえない。最悪の状況を覆し、逆境を挽回する光となり、あらゆる敵を打ち砕く武器たりえない。だから、ユーリ。もしもお前がこの先も戦いに身を投じるというのなら――』


 バラズさんは去り行く俺の目を睨みながら言った。


『強く、即効性があり、破壊的な切り札を持つことだな』


 その通りだった。口だけしか動かせないこの状況を打破するために必要なのは、周囲の肉を破壊し寄せ付けない圧倒的な破壊力。しかし、それを生み出す魔法を俺は持っていない。


 なぜならば――


『だから、約束してユーリ。この力は、人を殺すためのものじゃないって』


 俺のこの力は、母さんから教えられた身を守るための魔法だから。


 身を守る防御能力と、どんな状況にでも駆けつけ、逃げることができる移動能力。姿を隠す魔法に、傷を癒すための回復魔法や事前に危険を察知する探知魔法。


 それが、俺が母さんから学んだすべて。


 そこには、敵を殺す魔法なんてない。


 わかっている。母さんは優しいから。自分が教えた魔法で、俺が人を殺すことを怖れたのだろう。それは間違っていない。なにしろ、教えられた魔法を駆使すれば、戦わずとも逃げ隠れ、生き延びることができるのだから。


 だから、母さんは悪くない。


 悪いのは俺だ。


 俺が……エレナを巻き込まなければ。クルエラを助けなければ。


 いや、違う。それは、俺だったからやったことだ。エレナを受け入れたのも、彼女を手放したくないと思ってしまったから。未熟な俺を受け入れてくれたエレナの太陽のような笑顔を、愛おしいと思ってしまったから。


 クルエラを助けたのは、彼女を見捨てると俺の目的が分からなくなるから。人間たちが魔人族にする迫害を止めるために歩きだしたこの旅で、同じように迫害を受ける同胞を見捨てた時、俺が志す使命が色褪せてしまうと思ったから。


 じゃあ。


 俺のこの状況は、必然が生み出した運命だって言うのか?


 かつて牡牛だった肉の塊に圧殺されて果てるのが、俺が辿るべき運命だって、言うのか?


 それが、ここまで歩いてきた結末だって、言うのか?


 復讐を遂げられず、何もなせず、ただ奪われることが、俺の末路だって、言うのか?


「……アあ」


 堕ちる。


「ふザケるナ」


 染まる。


「なンデ」


 黒く、黒く。


「俺ガコンナ目ニ合ワナクチャイケナインダ――」


 黒く、染まる。


 だって俺は、悪だから。


 正義を否定し、大義を殺戮し、忠義を貶める悪だから。


 だって、そうじゃなきゃ……


「ハッ……ハハハハッ……アハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 俺は、何が正しいのかわからなくなってしまう。




 黒い炎が揺らめいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る