第36話 仇敵の異能
異能。
それは、前世の死の間際で聞いた言葉だ。二週間を使い、この世界を知るために様々な情報を蒐集した俺だが、ついぞその言葉が何なのかだけはわからなかった。
ただ、勇者と初めて相対して、それが何なのかを理解する。
異常な能力。
あるいは、異なる能力。
この世界の戦いの基盤となる“魔法”とは根本からして明らかに違う力のことを、あの聖堂の彼は“異能”と呼んでいたのだろう。
そして、勇者チナツの異能〈
「死ね」
たった一言、冷酷にチナツがそう言い放つと同時に、俺たち三人を取り囲む十を超える牡牛たちが猛り狂い、お互いの体が衝突することも構わずに必殺の突撃を繰り出した。
「嘘だろ――!!」
いかに牡牛が突進に適した形をした生物だとはいえ、おしくらまんじゅうをするがごとく中心地に向かって一斉に突撃するだなんて自殺行為をするとは思えない。
ただ――
『自重を支えるために肥大化した筋肉で圧迫骨折してるような生き物が、まともな生物なわけがねぇ。だろ?』
バラズさんが言っていたことは正しかった。異能によって歪められた生命体。牡牛とは、ただそれだけの存在なのだ。
そこに、生き物としての矜持など何もない。
だから、己が突き進む先に死があろうとも気にしない。
まともな生き物じゃない。
「ふざけんなよ!!」
どこまで生き物を愚弄すれば気が済むんだと叫ぶが、それがチナツに届くとは思えなかった。考えが、根本から違う。
なぜそこまで歪んでしまっているのか。とてもじゃないが、理解できない。ただ、今はとにかくこの場を切り抜けなければいけない。
四方八方360度から迫る牡牛は、逃げ場のない必死の円陣を組んで俺たちを殺しに来ている。それを回避する術は――
「エレナ!!」
俺だけなら回避できる。
でも。
エレナとクルエラ。この二人を見捨てることなんてできなかった。
「しっかりとクルエラを掴んでろよッ!!」
「ユーリ、何を――!!!」
牡牛たちが俺たちに衝突するまであと数秒というところで、エレナの襟首をつかんだ俺は、クルエラを抱き寄せる彼女を渾身の力で空へと投げ飛ばした。
「あーあ……甘ぇよ、俺」
自分の復讐よりも二人を優先した俺は、自分の行いを振り返ってそう呟いた。
同時に。
――ブモォォォオオオオオオオオオオ!!!!
俺の下に牡牛たちが殺到した。仲間の突進によって圧殺することすら構わない決死の波状攻撃の中心に台風の目などなく、質量兵器と化した牡牛の体に埋もれていく。
「は、ははは……あははははははは!!!」
聞こえてくるのは、チナツが上げる狂ったような高笑い。その声に対して俺は何もできないけれども……それが聞こえるということは、まだ生きているということだ。
だが、動けない。
身動きが一切できない。
全身余すところなく肉の檻に閉じ込められた俺には、何をすることもできない。
「は……はは……バラズさんの、言う通りだったな」
肉体を強化する魔法に防御系の魔法を重ね掛けたことでかろうじて息はしているけれど、ぎしぎしと肉の檻が俺を圧殺しようと体全体を締め付ける。骨が軋み、小さな背丈がさらに縮んでしまいそうだ。
そんな中で俺が思い出したのは……バラズさんが別れ際に残した最後の言葉。
彼は言っていた。
『お前には、弱点がある』と。
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