第34話 悪童の末路


「ふ、フバット君!」


 フバットの登場に遅れて、岩場の影からハイルディンも姿を現した。ただし、どちらも怯えたように声を震わせている。


 ……まあ、それもそうか。


 。むしろ、おとぎ話で読んだからと言って俺に味方してくれるエレナの方がおかしいんだ。


「お、俺様は知っているぞ!!」


 ハイルディンが引き戻そうとフバットの名を呼ぶけれど、猛る彼は剣を構えたまま声を上げる。


「で、魔人族デモニスは……人を食べるんだ! 水魔法に浸して、土魔法で味付けして、火魔法で炙って、風魔法で食べやすく切り裂くんだ……! ふ、ふざけるな! エレナをそんな風にさせてたまるかよ!!」


 曰く、魔人族は人を喰らう。


 曰く、それも残酷に喰らう。


 その魔法の腕を存分に生かし、まるで家畜を料理するように人をもてあそび、その果てに細切れになった肉を食むのだという。


「俺様が、エレナを、助ける……!!」


 彼にとって、俺はエレナを喰うために攫おうとする魔人族に見えるのだろう。


 恐れ入った。12歳そこらの子供に、そのような教育が施されている人間社会に。


 徹底的に他種族を貶めようとする人間社会に。


 むしろエレナがそういった思想に染まってないことに安堵しつつ、俺は呆れることしかできなかった。


 ただ、だからといって。


「し、死ね!!」


 彼の思い違いを、慮る俺ではない。


「〈ブリーズステップ〉」


 そよ風が如き瞬足の一歩で彼の振った剣を避けた俺は、魔法によって強化した身体能力が発揮するパワーをもってして、彼の腹を強かに打った。


「おぐぉ……」

「フバット君!」


 苦しそうにフバットがうめき声を上げ、怯えるハイルディンの悲痛な声がこだまする。それでも、俺は手加減しない。


 バラズさんのせいで大幅に時間を消費してしまったのだ。勇者チナツが戻ってくる前に、足早に俺は東の森に移動しなくてはならない。


 こんな奴に、構ってる暇なんて――


「諦めるわけがない……お前が、エレナに酷いことをしようとしてるのはわかっているのだから……!!」


 それでも、彼は立ちあがった。


「これ以上は容赦しない」

「知るか……」


 脅す。


「死ぬぞ、お前」

「わかっている……」


 怯えさせる。


「引け。でないと殺す」

「できるか、そんなこと……!!」


 威圧する。


 それでも、彼は引かなかった。

 なぜ、そこまで必死になって俺を止めようとするのか。

 その理由は簡単だった。


「俺様はまだ……エレナに好きだって……伝えられてないんだ……!!」


 ああ、なるほど。

 こいつがあそこまでエレナに突っかかってたのは、エレナのことが好きだったから、か。


 それも、きっと――


「エレナに危険なことをしてほしくなかった、のか」

「ああ……その通りだよッ!」


 こいつはエレナに冒険者になってほしくなかったんだ。


「冒険者なんて危ないだけの仕事だ! やれ素材を取ってこいだの、魔物を殺してこいだの、そんなもんを子供にやらせて……死にに行かせるのと何が違う!!」


 話は聞いている。


 彼はエレナの後を追うように冒険者になって、無等級の彼女を追い抜いて銅等級になった後、ことあるごとにエレナのことを馬鹿にしてきたという。


「俺は知ってる! ギルド長たちは隠してやがるが、エレナの母ちゃんと父ちゃんは魔物に殺されたんだ! それなのに、エレナだけが殺されないなんて保証があるわけがない! それを、見殺しにするだなんて、できるわけがないだろ!!」


 きっとこいつは、誰よりもエレナのことを見ていたのだろう。おそらくはエレナの不注意についても知っていたに違いない。その上で、嫌われ者になろうとも、彼女に死んでほしくない一心で、高圧的に接していた。


 お前には冒険者は無理な仕事だと、やめさせようとしていたんだ。


「お前さえ居なければ!!」


 その通りだろう。


 俺が現れなければ、エレナは冒険者を諦めていた。でも――


「そんなことなら、もっと早く言ってほしかったな」


 いつの間にか馬車から降りていたエレナが、俺とフバットの間に立った。


「エレナ……」

「フバット。……フバットの言うことは正しかったよ。少なくとも、無等級でふてくされてた私に、冒険者になる資格なんてなかった」


 エレナの登場に、剣を降ろすフバット。そんな彼に向って、エレナは言う。


「だけど、それならもっとまっすぐ向き合ってほしかった。あなたは気に入らない奴だったけど……悪い奴じゃないとは、思ってたから」

「そ、それなら、早くこっちに来るんだ! そいつは危険だ! 殺されるぞ!!」

「それは無理」

「なっ……どうして!!」


 エレナを連れ戻そうと声をかけて、手を伸ばすフバットだが――その手をエレナは振り払った。


「ごめんね、フバット。私はユーリを選ぶ。私は私を否定する人よりも、私と寄り添ってくれた人を選ぶ。だから、そっちには行けない」

「そんな……」


 エレナから告げられた拒絶の言葉に、がくりとフバットは崩れ落ちた。そんな彼に背中を向けてエレナは俺へと話しかけてきた。


「さ、行こユーリ」

「いいのか?」

「いいよ。別に、ユーリだって嫌な人の言うこと聞きたくないでしょ」

「それもそうだ」


 もしも、彼が優しい言葉で接していたら。エレナの夢に、寄り添うようなことができていたら。エレナは、俺ではなく彼の下にいたかもしれない。


 ただ、そうはならなかった。


 それだけの話だ。


「エレナ……!!」

「なに?」


 馬車の荷台に乗り込んだエレナに向けて、フバットは声を張り上げた。


「強くなる……俺は強くなる! そしたら、また……!」

「……そうだね。今度会う時は、憎まれ口だけは勘弁してよ」

「っ……!!」


 何かを言おうとして口ごもる彼を置いて、俺は馬の手綱を握り馬車を走らせた。


 思い残すことはもうない。そう思いながらも、後ろを振り返る。


 此方に向かって手を振るリーデロッテさんと、悔し気に地面に伏せるフバットが俺の目に映った。


 もう会うこともないであろう彼らに向けて、


「さようなら」


 もう一度、別れの言葉を口ずさんだ。

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