第31話 蹴雷と責任


 大の男が二人並んで歩けば端から端までが埋まってしまいそうなほどに狭い路地裏。煉瓦によって編まれた壁が両脇に構えており、真昼間だというのに薄暗く、そこかしこに張り巡らされた蜘蛛の糸からあまり使われていないことがわかるこの場所に、最悪の敵は陣取っていた。


「ここを通りたくば、俺を倒していけ」


 ニヤリと楽し気に笑みを浮かべるのは、草原の町ハドラが冒険者ギルドの長、バラズ。俺が冒険者になることを認めた張本人であり、人間社会になじむことができた立役者の一人だ。


 だから、俺は。


「そこを……どいてください」

「やだね」

「俺はあなたと……戦いたくありません」

「そりゃそっちの都合だろ」

「あなただっておんなじでしょう! こんな……こんな非道を許していいんですか!!」


 人以外を人と見做さない勇者の所業。たった15歳の少女が、自ら死を願うほどに心を壊されても、気にも留めない極悪非道。それどころか、その死すら興業の一つとして愚弄する――この罰に見合う罪があったとすれば教えてほしい。


 もしもこの子が罪を犯しているのだとしても、それに見合った罰とは到底思えない。


「はー……やっぱり子供だよお前は」


 声を荒げた俺に対して、バラズさんはそう言った。


「確かに、お前の言いたいことはわかる。はっきり言って勇者がやってることにゃぁ、俺は賛同できねぇ」

「だったら――!!」

「だが、俺にも立場がある」


 立場。


 冒険者ギルドの長としての立場。彼の一挙手一投足は、この町――ひいては、所属する冒険者のイメージに繋がってしまう。だからこそ、下手なことはできない。


 それが、ギルド長という立場。

 バラズさんが背負う責任。


「恨むなよ、ユーリ。俺がここに居るのは、お前を冒険者にした責任を果たすためだ。お前の方はどうだ?」

「俺は――」


 俺が、ここに居る理由は――


「……人間が、振りかざす理不尽を止めるためだ」


 嘘だ。

 お前は、勇者を殺したいだけだろう。


「なら来い。この人間社会が掲げる夢を否定するために、お前の理想に全てを捧げろ」


 もう言葉は必要ないだろうと、バラズさんは拳を構えた。事実、ここでもたもたしてる時間なんてない。だから、言葉は、もういらない。


「〈ライトニングブーツ〉」


 あの時、あの試練の時と同じだ。


「〈ワインドブースト〉」


 受けて、撃つ。こちらに先手を譲るバラズさんは、かつての試験のように構えている。だから俺は、全力で応える。


「〈フレアスティンガー〉」


 俺の理想を通すために。


「〈フルメタルジャケット〉」


 雷魔法〈ライトニングブーツ〉を軸として、風の力によって移動能力を強化する風魔法〈ワインドブースト〉を発動。一撃の威力を強化するために足先に高熱量の魔力を灯す火魔法〈フレアスティンガー〉を追加で唱え、肉体の強度を上げる土魔法〈フルメタルジャケット〉で肉体を保護する。


 あとは――


「〈ワインドプロテクト〉」


 抱える少女を守る魔法を発動して、仕上げだ。


 雷と風と火と土による混合魔法。ここまでの過重詠唱は初めてだが――おそらくこれが、今の俺に出来る最大威力の魔法だ。


「死なないでくださいよ」

「胸がドキドキ、期待ワクワクだな」


 相も変わらず適当な返答を聞き届けて、一条の雷となった俺は走り出した。


 決着は一瞬だった。


「流石だな」

「……謝りませんよ」


 俺の一撃は逃げ場のない路地裏を最大速度で駆け抜け、バラズさんは横に走る落雷が如き攻撃を自慢の左腕で受け止めた。その結果は無残なもので、筋骨隆々とした彼の腕は引きちぎれて宙を舞う。


 あたりに飛び散った血しぶきは、雷撃の熱量に瞬時の蒸発し、焼かれた傷口からは血は流れない。


 左腕を失うという大きすぎるダメージを負ったバラズさんは、片膝をついた。


「だが、甘ぇよお前は――〈イラプション〉」


 しかし、左腕を失ってもなお彼は片膝をついただけ。彼の右腕に宿った渾身の火魔法が、左腕の犠牲に隠されて燃え盛る。一本道の路地裏をまっすぐ行き、バラズさんを通り抜けるようにして通過した俺は、彼に背を向ける形で攻撃を終えたため、背後からくる攻撃を回避することなどできなかった。


 そもそも、狭い路地裏に回避できるスペースなどない。


 ただ――


「〈アース〉」


 戦場が、悪かった。


 狭い路地裏には土魔法によって操れる壁に埋め尽くされていて、攻撃を防ぐための盾に困ることはない。それこそ、土魔法〈アース〉によって周辺の石を変形させた盾一枚が破壊されたとして、その先には更なる石の盾が連なっている。


 二枚、三枚、四枚――


 バラズさんが放った〈イラプション〉は火魔法によって強化された右腕による近接攻撃だ。その威力は溜めれば溜めるほどに強くなるが……左腕を失うほどのダメージを直前に受けた状態じゃ、限界がある。


 ちょうど12枚目の石の盾が破壊されたところで、その限界は訪れた。


「チッ……強ぇな……お前……」


 力尽きるようにして、路地裏の壁に体を預けるバラズさん。舌打ちをした彼が続けて口にした称賛は、どこか物悲しい雰囲気を漂わせていた。


 そんな彼は、倒れながらも言葉を続ける。


「おい、ユーリ」

「負け惜しみを聞いてる暇はありませんよ」

「いや、違う。東の町の外れ。リーデロッテの家にいけ。そこに、数日分の水と食料を載せた馬車がある。……ま、信じるか信じないかはお前次第だ」

「……それは、どうして」


 ニヤリと笑った彼は、俺が口にした疑問に向かってこう言った。


「言ったろ……俺は、お前を冒険者にした責任を果たしに来た……てな。俺だって、今の風向きには疑問を持ってんだよ」

「……ありがとうございます」


 ああ、やっぱり。


 俺は人間を嫌いになり切れない。


「それと、ユーリ。最後に一つ聞いてけ――お前の、弱点についてだ」

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