第30話 救出と侮蔑


 〈ケラノウス〉の雷撃で勇者チナツを退散させ、その隙に霧魔法で隠れていた姿を現し獣人族の少女を救出する。……うーん、我ながら穴だらけの作戦だ。


 例えば。


「死ねよ」


 処刑台の上で戦闘になったらどうするのさ、俺。


「チッ……〈ブリーズステップ〉! あーんど〈ウォーターカッター〉!」


 ハルバードを持った勇者チナツが襲い掛かってくると同時に、俺は急いで獣人族の少女の元へと駆け寄って、彼女を縛り付ける拘束の数々を魔法で解除していった。


「あ? マジでふざけんなよクソガキが!」

「うっわギャル怖ぇ!?」


 そしてギャルに怒られる、と。


 とても女の子とは思えない顔で怒り狂う彼女は、コウキ一味の一人の勇者チナツ。確か、俺がこちらに転移してきたばかりの時に、コウキに腕を絡めていた女だった気がする。しかし、当時のころから少し成長した程度であんまり変わっていないな、こいつ。


 年齢でいえば、23、4歳辺りなんだろうけど……どうみても高校生ぐらいだ。若々しいったりゃありゃしない。


 とはいえ、容赦はしない。


 まあ、今は殺しもしないが。


「〈ワインドパンチ〉」

「ッ!?」


 獣人族の少女の安全を確認してから、改めて〈ブリーズステップ〉でチナツへと肉薄した俺が放つのは、風魔法〈ワインドパンチ〉。強烈な風を纏った右腕で痛烈な一撃をお見舞いする魔法だけれど、この魔法の最大の利点は威力ではない。


「星になれ」

「なっ、なぁああああああ!!!」


 着弾と同時に炸裂する風が竜巻を起こし、攻撃対象を空高く吹き飛ばすのだ。これによって羽でもない限りチナツは地平線の彼方へと飛んでいくこととなる。


 今すぐにでも殺したいぐらいだけれど、そうすると被害が大きくなる。少なくとも、不必要にこのハドラを壊すことになる。異種族差別は吐き気がするほど嫌いだけれど、お世話になったこの町を破壊し尽くすのは俺の思惑から大きく外れる。


 だから俺は、逃げる時間を稼ぐためにチナツを遠くへと吹き飛ばした。


 良き旅行を。その間に俺たちはお暇させてもらいますけどねっと。


「おい、大丈夫か!!」


 とりあえず、俺はボロボロの獣人族の少女に声をかけつつ、体中にある傷跡を治せるだけ治していく。


 ったく、女の子の体に傷をつけやがってからに……。


 治すことのできない失われた耳を見ながら俺はそう考えた。その時、辛うじて彼女が声を漏らす。


「うっ……あ……こ」

「こ?」

「ころして……」

「……」


 ……殺して、か。


「おい、チナツ様が飛ばされたぞ!」

「処刑台の上にいるアイツが犯人だ。誰か捕まえてこい!」

「卑怯な手を使って不意を打たないとチナツ様に挑めないほどの臆病者だ! 全員で囲め!!」


 チナツが吹き飛ばされてなお、熱気止まぬ観衆たち。彼らは処刑を台無しにした俺を捕まえようと、各々が武器を持ち出して来ては処刑台を囲み始めた。


 ただ――


「〈マッドネス〉」


 ちょっと今の俺は機嫌が悪い。


「なっ……なんだこれは!?」

「石畳が泥に……!」

「沈むぅ! だ、誰か助けてくれ!」


 泥魔法〈マッドネス〉は沼を召喚する魔法だ。ただそれだけの魔法だが……足掻けば足掻くほど沈んでいく底なし沼だ。足止めにはちょうどいい。それから俺は、改めて少女を見た。


 壊れかけた少女の言葉に向き合った。


「ころして……ころして……」

「ダメだ」

「いやだ……しにたい……」

「拒否する」

「なんで……そんなひどいこと……」

「悪いな」

「う……うぅ……」


 見たところ15歳前後か。俺の前世の世界じゃ、このぐらいの年齢のころにはショッピングとか、そう言うのを友達と楽しむ年頃だろ。


 ああ、そうだ。そんな少女を傷つけて。笑いものにして。その死を興行にするだなんて。


「なんて腐った奴らだ」


 バラズさんやエレナを知っていなければ、俺はこの世界に絶望していただろう。そして、母さんとの約束忘れて虐殺の限りを尽くしていたに違いない。


 こんな生き物、いない方がいいと。


 ともあれ、それは俺の目的とは逸れる行為なので早々に思考から排除して、獣人族の少女を抱きかかえた。


「ちょっと揺れるが……我慢してくれよ!」


 静かにすすり泣く彼女は俺が抱えても何のリアクションもしない。ただただ、静かに泣くだけだ。


 いったい何をされたのか、全く想像できないけれど……未来に希望も持てないほどに壊されたのだけは間違いない。


 その事実に、胸の中に悪いものがたまるような感じがした。


 ただ、そればかりを気にしていることなんてできないので、底なし沼に周りの人間たちが足を取られている間に、急いで処刑台から飛び降りて、町の路地裏へと逃げ込んだ。


 こっからは時間との勝負だ。目指すのは東の森。そこまで行けば姿を隠せる。それから、一度俺の家に戻ろう。そこで次の作戦を考える。


 鬼門は――町の外の草原か。


 あそこは視界が通り過ぎる。何キロも離れた向こう側から見つけられてしまう可能性が高く、せっかくと奥へと吹き飛ばしたチナツにこちらを襲撃する隙を与えてしまう。


 だから、チナツがこちらへと戻ってくる前に森へと逃げ込まないといけない。


 ただし。


「止まれ、ユーリ」

「ッ! なっ、なんであんたが!!」


 運命はそう、上手くは回らない。


 少なくとも、こちら側に来てしまった以上は、冒険者をしていた時よりも都合よくいかないだろう。


「なんでって、そりゃ当たり前だろ。俺はギルド長。この町のギルド長バラズだ。そこでテロが行われるんなら、一人の住人として戦う義務がある」


 当然のように霧魔法の幻影を破って俺の正体を見破ってきたのは、この二週間随分とお世話になった冒険者ギルドの長、バラズさん。


「こういう状況でちょうどいいセリフを俺は知ってるぜ」

「言ってみてくださいよ。きっと、俺が知ってる言葉ですから」

「おう、そうか。じゃあ遠慮なく言わせてもらおう」


 人気のない路地裏で。彼は言う。


「ここを通りたくば、俺を倒していけ」


 最悪の敵の登場だ。

 

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