第22話 依頼と不眠


 リーデロッテさんの家に泊まった翌朝。


 さっそく冒険者ギルドに顔を出せば、受付カウンターに座ったバラズさんが昨日と変わらない様子で出迎えてくれる。


 骨折した左腕が完治しているのを見ると、冒険者ギルドには相当に腕がいい回復魔法の使い手がいることがうかがえる。


「来たかユーリ」

「……おはようございます」

「お、おう……なんだか随分と調子悪そうだな」


 彼は俺の顔に出来たおっきな隈を見て、呆れた声でそう言った。


「どうやら、女のところで寝るのには慣れてねぇみたいだなユーリ」

「そんなわけあるかよ……です」


 あるんだなこれが。

 図星を突かれた俺の表情はさておいて、事実昨日は全然眠れなかった。


『それじゃあ俺はソファーの方で……』

『だめだめユーリ君! 子供なんだからちゃんとしたところで寝ないとしっかり成長できないぞ~』

『え、いやでも……』

『大丈夫大丈夫。お姉さんのベッド広いから、ユーリ君とエレナちゃんが二人いても全然余裕あるんだから!』


 リーデロッテさんの謎の押しの強さによって同じベッドで寝ることになったはいいが、すぐ隣で年上のお姉さんが無防備に眠っている状態でまともに眠れるはずがなかったのだ。


 かといって、起きてソファーの方に寝に行くには、眠る二人を跨いで移動しなければならなかったため、真夜中に起こすわけにもいかないので断念。結局、自分の魔法で自分を気絶させる方法を編み出すまで眠ることはできなかった。


 ふふふ……名付けて雷魔法〈パニッシュスタン〉。使用と同時に気絶することができる即効性の魔法だが、難点は自分にしか使えないところだな。


 ん? 気絶したから眠ってないって? はっはっは、そうだよ。


「そういうところは子供なんだな」

「見ての通り子供ですよ」


 そうだよ子供だよ。なにぶん女っ気のない人生を生きてきましたからね。ええ。


 にやにやと笑うバラズさんのことは放っておいて、俺は昨晩に見繕った討伐依頼をギルドの掲示板から剥がして、受付に持ってきた。


「これとこれとこれを」

「別に討伐依頼なんて受けずとも、勝手にその辺の魔物を相手にすればいいんじゃねぇのか?」

「自分の失敗で依頼をこなせなかった。そういう経験も大事ですから。まあ、意識しすぎるのも問題ですけど」

「そうかい。まったく、子供にゃ見えねぇな」

「舌の根も乾かぬうちによく言いますよ」


 そんなことを言い合いながらも、依頼はしっかりと受理された。


 よし、これであとは依頼に出発するだけだな。


「それじゃあ、一度戻って二人を起こしてきます」

「あいつらまだ起きてねぇのか……」


 現在時刻午前八時。二人は未だぐっすりと眠っているが……流石にもう起こしていい頃だろう。



 ◇◆◇



 銅等級依頼

〇依頼内容

 東の森周辺にいるゴブリンの巣の駆逐


「えいやぁ!!」


 さっそく始まった危機感特訓の旅。その始まりを飾る、うっそうと草木が生い茂る森の中で行われるゴブリン討伐の依頼は、しかし順調に進んでいた。


 緑色の体色の猿とも人ともとれる異形の魔物ゴブリン。粗悪品ながらも盾や剣を作り戦う知能を持つ彼らは厄介な相手であるが……四匹の群れを相手にしながらも、エレナは互角の戦いを見せていた。


 油断が目立つ彼女であるが、まともに戦えばちゃんと強いらしい。


「エレナちゃん。これでも町に居る冒険者の人たちから鍛えてもらってるからね」


 同行するリーデロッテさんはえへんとそう言って胸を張る。その際にたわわと揺れるそれから目をそらしつつ、戦いの趨勢を俺は注視した。


 剣の扱い。複数人へ相手の対処。地形の把握。小技程度の魔法と、何をとってもそれなりにできているエリン。


 ただし。


「遠距離攻撃が頭に入ってねぇな」

「熱くなりすぎてるわね~」


 目の前の敵にばかり集中しすぎて、向こうの藪で隠れるゴブリンには気づいていなかった。


 不注意が彼女の大きな欠点か。


 ゴブリンが放った矢にも、彼女は気付いていない。


「〈サンドクラップ〉」

「んにゃ!? ちょ、急に砂が……なにこれ!!」

「依頼失敗だ」


 砂を操りものをつかみ取る砂魔法を使って、飛んできた矢からエレナを守った俺は、突然動き出した砂に驚く彼女へ依頼失敗を告げた。


「な、なんでよ! 私まだ、全然ケガとかしてないんけど!?」

「頭を矢でい抜かれたまま戦うつもりかよお前は」


 そう言いながら、俺は砂を操って飛んできた矢を見せれば、悔しそうに彼女は口ごもる。


「うぅ……でも……」

「『でも』なんて言葉で、死んだ人が蘇ればいいんだけどな」

「はい……」

「まあまあ、失敗しちゃったんなら次で成功させればいいからさ。ほら、落ちこまなーい落ちこまなーい」

「ありがとうリーデさん」


 俺の言葉に凹むエレナを、リーデロッテさんがよしよしと頭を撫でて慰める。しかしリーデロッテさん。その頭を撫でてないほうの手についている血は何かな?


 え、いつの間にかゴブリンが全滅してる。何この人、怖ぁ……。


 彼女が銀等級の冒険者であることは聞いてるけど……もしや滅茶苦茶強かったりするのだろうか。


「とりあえず次だ次。ほら、行くぞエレナ」

「私、頑張るよ!」

「頑張ろー!」


 ちょ、リーデロッテさん。エレナに倣って腕を振り上げるのはいいんですけど、血塗れのままだと周囲に血が……ああ、頭にかかった……。


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