第19話 危険と計画
熱湯に指を入れた熱い。
包丁を使う時は指を切らない様に気を付ける。
車の通り道には出ない。
誰もが行える危機管理だ。
だが、エレナにはそれがなかった。だからスライムと見るや否や斬りかかり、囲まれることも考えずに目の前の敵を倒すことばかりに注力する。
思えば、初めて会ったの時もそうだ。
あんな巨大な牛の魔物、開けた草原なら遠くからでもその威容を見物できよう。だというのに、彼女は牛の魔物に挑んでしまった。蛮勇にも。
「えー……でも」
「でももへちまもあったもんか。依頼に行くたびに窮地に陥るなんて、依頼失敗以前の問題だぞ」
「うぅ……返す言葉もございません……」
危険意識がないから、危ない橋だって簡単に渡れる。そして、落ちそうになって初めて自分が危ない橋を渡っていることを自覚する。
それがエレナだ。
確かにこれは、危なっかしくて見てられない。
「まあ、治す方法がないわけでもないけど……」
「ユーリ、それ本当!?」
「……効果はわからんぞ」
エレナは危なっかしくて見てられないけれど、別にそれはエレナに限った話じゃない。
俺が俺じゃなかった時。即ち、まだ前世の記憶が目覚める前の、ただのユーリでしかなかった俺もまた、好奇心で死にかけるような子供だった。
一人で森の外に出たり、スライムを抱きかかえて見たり、それはもう母さんの手を煩わせたわけだけども。そんな俺がどうやって危険意識に目覚め、リスク管理ができるようになったかと言えば簡単だ。
死にかけたのだ。
それはもう、危機感を覚えるほどに。死ぬほど。
「し、死にかけるって……」
「今スライムに集られただろ?」
「た、確かに死にかけたけどさ……」
死にかけると聞いて、嫌な予感でも感じたのかエレナの顔が青くなる。ただ、それぐらいでないと困る。
「そんなに嫌なら意地でも覚える必要があるな。何が危ないのかを。早く覚えれば、覚えた分だけ、死にかけるなんて嫌な体験をせずに済むぞ」
「それはそうだけどさ~……」
死にたくないから死ぬ気で覚える。危機感とは、本来そう言うモノであるはずだ。死ぬだなんて、もう二度と俺も味わいたくない。
そんな俺の考えは伝わらず、死んだ経験もない彼女はぱたりと、不満げに草原へと倒れ込んだ。まあ、そうだよな。普通なら、やりたくないことはしたくない。無意識ならともかく、知っていて死にかけに行くなんてもってのほかだ。
それでも。
「見返すんだろ、フバットたちを」
「うぐ……そう、だよね……うん。そうだ。わかった。頑張る」
俺の言葉に闘志を取り戻した彼女は、倒れた状態からぴょんと飛ぶように起き上がり、胸の前で拳を握って奮起した。
見たところ、身体能力が低いわけじゃないんだよな。まあ、だからこそ危機感が必要なんだろうけれどさ。
「なんだか、ユーリって不思議だよね」
「不思議?」
「うん。なんかさ、喋ってて年下って感じがしない」
「い、イヤイヤ。俺ハ十歳ダヨ」
精神年齢だけは25歳だ。嘘をつくのは心苦しい。魔人族であることを隠しておいてなんだけれど。
「ふーん、そうなんだ。まあいいけど、さ」
くるりと回ってから、背中やおしりに着いた土を払いながら彼女は続ける。
「ユーリってさ、なんでここまで私によくしてくれるの? 魔物から助けてくれたし、パーティーに入れてくれる約束もしてくれた上、銅等級に上がるための手伝いまでしてくれちゃってさ。ありがたい話だけど、ちょっと疑問」
もう一度くるりと回ってそう訊いてきた。
生憎と、俺が持ち合わせる疑問に対する答えは一つだけだ。
「頑張る奴は報われるべきだと思ったからだよ」
「へー……そりゃまあ、私はめっちゃ頑張ってるけど」
無等級から銅等級に上がるために頑張っているエレナ。その努力には、結果が伴ってほしいと思うのが俺の答えなのだ。
何よりも、その努力が馬鹿にされていいわけがない。
『仕事が終わらない? 君の努力が足りないだけでしょ。あ、残業するならタイムカードは切っておいてよ。給料泥棒君。会社に居場所作ってあげてるだけありがたく思ってくれ』
あんな思いをする人間を、俺はもう見たくないのだ。
「ま、そんなわけでこれからたくさん死にかけてもらうためにたくさん依頼を受けてもらうわけだけど……流石に俺一人じゃ責任を負えるとは思えないから、一旦ギルド長に報告しに戻るぞ」
「了解しましたー!」
何の遊びかびしっと敬礼を決めるエレナに呆れてから、俺たちは一度ギルドの方へと戻るのだった。
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