第18話 無色の疑問


「実はねユーリ。無等級ってパーティー組めないんだよね」


 同じ冒険者ギルドの建物の中でフバットたちから距離を取ったところで、申し訳なさそうにエレナはそう言った。


 冒険者において、無等級は見習いに当たる新人未満。回される依頼はたいていが掃除や雑草取りのような雑用ばかりで、そうした下積みから戦闘力を認められて銅等級になるのだという。


 なので、無等級は冒険者として扱われず、当然ギルド公認のパーティーは組めない。


「なら、銅等級に上がればいいだろ」

「うぐっ……今ユーリは私の心を傷つけた……」

「繊細な心臓だなおい」


 ならば銅等級に上がればいいだろうという俺の正論は、どうやら彼女のいたいけな心を傷つけてしまったらしい。いったい何がいけなかったのか。


「これでも結構頑張って強くなってるつもりなんだけどね……」

「認められない、と」

「おっちゃん……ギルド長ね。全然認めてくれないんだよ」


 なるほど。やはり、無等級からの昇級にはギルド長の認定が必要か。そしてこの二年間で、彼女はギルド長からの認定を得られてないから、銅等級に上がれていない、と。


「戦闘力だけじゃダメなんです?」

「だめだめだ。及第点にすら届いてねぇ」


 素朴な疑問を、俺はすぐ傍に居たギルド長ことバラズさんに訊いた。一瞬だけ驚いた顔をしたバラズさんは、すぐになんともなかったかのように真顔に戻ってから、ふんと鼻を鳴らしてそう言う。


「えっ、いつの間に!?」


 バラズさんの登場に驚愕するエレナは、どうやら一つ二つの注意点を挙げるまでもなく、銅等級足りえないらしい。では何が足りないのか。もちろん、今日出会ったばかりの俺にはわからない。


 なので。


「よし、じゃあまずは依頼に行ってダメな理由を確かめるか」

「う、うん。わかった」


 ギルド側が冒険者に求めるのは依頼の達成だ。となれば、依頼を受けることでしか見えてこない欠点があるのかもしれない。そう考えた俺は、手ごろな無等級に配られる討伐依頼をギルドの掲示板からはぎ取って、足早に初依頼へと出かけるのだった――



 ◇◆◇



 無等級依頼

〇依頼主

 ギルド長

〇依頼内容

 ハドラ草原南にスライムの群れが見つかったから、手が空いたやつは狩って来てくれ。

〇報酬

 スライムの魔石一つに付き100z。三個もってこりゃギルドの酒場で飯が食えるぜ。


 スライムとは低い危険度で知られる魔物だ。前世の知識とそう変わらない粘液質な見た目のこいつは、動物の死肉や植物の根などを餌にする不定形動物。


 足などがないから鈍間で、積極的に何かを襲うような習性でもない為、あまり危険な生物ではない。しかし、群れて行動すると家畜を襲いだしたり、畑を荒らしたりするので、討伐が依頼されることがしばしばあるのだとか。


 体内にある魔石と呼ばれる核を取り除けば活動を停止するため、討伐する際はそこが狙い目となる。ただし、魔石が無ければ金にならないのでうまくやらないといけない。


「というわけで、がんば」

「まる投げ!?」


 そんなスライムの大群を前にして、俺はすべてをエレナに任せた。


「一応、エレナが銅等級になるために来たからな」

「まあそうだよねぇ……年下に気を遣われるとか……ははっ」

「まあまあそう落ち込むなって」

「うわぁあああああ!!」


 エレナからしてみれば俺は二歳年下の子供かもしれないけど、俺からしたらエレナの方が年下だ。少なくとも、前世の記憶じゃ25歳だったんでな。


「くぅ、悔しい! 絶対銅等級になってやる!」


 そうして今日も、彼女は悔しさをばねにして銅等級を目指す。


 剣を引き抜いてスライムの群れに突撃していくエレナ。対するスライムの大群の総数はおよそ30強。余談であるがスライムは無性生殖なので、放っておくと勝手に増殖していくので発見からの早期対処が必要だ。


 一匹一匹は大したことない強さだが、集まると強いのはこの世界でも同じなようだ。


「ふんっ!」


 群れの端に居た一匹にエレナが斬りかかった。粘液質な体に剣が突き進むが、肝心な核となる魔石にダメージが無ければスライムは死なない。


 なので二回三回と魔石を求めて剣を突き刺すエレナ。しかし、時間がかかると危うい。なにしろ彼女が一匹目の対処をしている間にも、群れとなったスライムたちは同胞の危機を察知し集合しているのだから。


「ぎゃあああああ!!!」


 そうして集まったスライムが、エレナの足から登頂を開始した。振り払おうとするが、粘液質なスライムはなかなか離れない。そうしているうちにどんどんと新手のスライムが彼女の体に纏わりついて、ゲームオーバー。


 全身スライム塗れとなった彼女は、このままではスライムに体を溶かし食べられ死んでしまう。


「〈ファイア〉」

「熱ぅ!?」


 まあ、流石に友人が溶かされるのを見ているわけにもいかないので、俺は火魔法を使ってスライムを脅かし追い払った。


 そして一言。


「なんとなくだが、合格にならない理由が分かった」

「ほんと!?」


 今の一連の流れだけで、彼女が銅等級に上がれない理由で満ち溢れていたと言えるだろう。


 ここまであからさまであれば、冒険者に明るくない俺だってわかる。


 エレナの何がいけなかったのか。

 答えは簡単だ。


「エレナには危機感が足りてない」


 

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