第17話 対立と選択


「うわっ」


 会話に割って入って来た少年二人を見たエレナは、眉をひそめて嫌悪感を露にした。


 俺たちの前に現れたのは、特徴的な釣り目に得意げな顔をした少年と、その後ろに控えるショートヘアの少年だ。なにやらエレナと因縁のありそうな二人は、俺の顔を見るや否やこう言った。


「ふぅん、甘そうな面だが悪かねぇ。よし、俺の部下にしてやってもいいぜ」


 ほぉ。


「部下、というと……」

「理解の遅い奴だな。つまりは冒険者パーティーに入れてやってもいいってことだよ」


 ダンと机に片手を置いてそう言う彼は、確かフバットと名乗っていたか。勧誘にしてはなんだか一方的な誘いだが、俺からすれば願ってもない話だろう。


 少なくとも、高等級の冒険者を目指す俺にとっては、彼の黒曜等級――最も高い等級を目指す志には賛同できる。


「ちょっと! 今、私が話してたところなんだけど!」


 そこで、今度はエレナが話に割って入ってきた。負けじと両手でバンと机を叩くエレナ。そうして彼女が存在感をアピールして初めて、フバットがエレナの方へと視線を向る。


「これはこれは、無等級冒険者のエレナさんじゃありませんか」

「相変わらずうっざい態度だねフバット!」


 にやりと笑みを浮かべるフバットは、俺に対する高慢な口調を一転させてエレナへと喋りかける。ただし、その口調からは明らかな挑発をぷんぷんと臭わせていた。


 それに気づかないエレナではない。威嚇するように歯をむき出してフバットを睨む彼女は、眉根にマリアナ海溝のような溝を作り不快感をあらわにしている。


 そんな彼女を指差してフバットは言う。


「うざい? それは君のひがみだろう。なんたって二年も冒険者をやっているのに、俺様やハイルディン、果てにはこんなちんちくりんにも追い抜かれているじゃないか」

「そうだそうだ。無等級が出る幕じゃねぇやい!」


 今、俺のことちんちくりんって言ったかこいつ?


 ……ごほん。子供の言ったことだ。怒るな怒るな。それに、この体はまだまだ成長期。中学生時代にぐんと伸びた前世を嘗めるなよ。


 それと、ハイルディンとは彼の後ろに控えているショートヘアの少年のことだ。やはりハイルディンはフバットの取り巻きらしく、彼の言葉に同調してエレナをなじっている。


 ふむ。そしてどうやら、彼ら二人も俺と同じ銅等級らしい。そして、エレナは無等級、と。


「なっ……う、うるさい! 私だってすぐに銅等級になって、あんたたちなんて追い抜かしてやるんだから!」

「すぐ、ってのはいつのことだよ無等級。今日か? 明日か? 明後日か?」

「う、うるさいうるさい! すぐって言ったらすぐなんだよ!」

「計画性がないからお前は一生無等級のままなんだよ! そんなもんなら、冒険者なんかやめちまえ!!」

「なによ、そんなに銅等級が偉いってわけ!? 偉かったら何でも言っていいわけ!?」


 言い争いはどんどんとヒートアップしていく。こうなると誰かが止めに入らないと行くところまで行ってしまうが……


「あっ、ふ、二人とも……け、喧嘩は……」


 肝心のお姉さんことリーデロッテさんは、おろおろと二人の間を行ったり来たりしていた。彼女の様子では、すぐにこの場を収めることは難しいのは明白だ。


 となると、


「フバット」


 俺が何か言うしかない、と。


「あ?」


 まあ、言うことは最初から決まってたから、別にいいけど。


「悪い。お前らの部下にはならない」

「……はぁ?」


 この世の中心にいるようなフバットの自慢げな表情が呆れるように歪む。本当に信じられないモノを見るかのような目をしているので、更なる追撃を俺は加えよう。


 椅子から立ち上がり、激情するエレナの手を掴んで俺は言った。


「先約がいるからな。申し訳ないが、俺はエレナと組む」

「はぁ!?」


 今度こそ状況をはっきりと理解したフバットは、怒り出すように声を荒げた。


「な、なんでそんな奴なんかと組むんだよ!」

「そうだそうだ! こいつは無等級なんだぞ!」


 フバットの言葉にハイルディンが同調するが、その程度じゃ俺の意見は変わらない。俺がエレナと組む理由は一つだけだ。


「エレナの方が親切だ」

「なっ……」


 怒りのゲージでも振り切れたのか、声も出ないほどに顔を赤くするフバット。ただ、もう彼にかまう必要はないだろう。


 これ以上ここで話していても、激情した彼と言い合うことになるだけだ。だから、俺はさっき掴んだエレナの手を引っ張って、この場から足早に去る。


 逃げた、ともいう。戦略的撤退だ。


「あ、え……」

「行くぞ、エレナ。別に嫌な奴と顔を合わせる必要もないだろ」

「そ、そうだね」


 怒っていたこともあってか未だ状況に追い付けていない様子の彼女は、俺とフバットの方を交互に見てから、大人しく手を引かれるがままについてきた。


「えと……ありがと、ユーリ。フバットのこととか、パーティーのことか、色々と」

「おう、気にするな」

「ユーリが間に入ってくれなかった、手、出てたかも」

「そんな気がしたから出ただけだ」

「えへへ……ほんとうにありがと」


 申し訳なさそうに謝る彼女は、しかし嬉しそうにはにかみながらそう言うのだった。


「くっ……覚えてろよ新人! 絶対後悔するぞ!!」

「……そういや、名乗って無かったか……ま、いいや」


 背後から聞こえてくるフバットの声を聞きながら、急いで俺たちは逃げ出した。

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