第16話 手続と嫉妬


「手続きはこれで終わりだね」

「やっと終わった……」


 バラズさんの試験が終わってから少しの休憩を挟む間もなく冒険者登録の手続きが始まった。


 そうして二時間後。すべての手続きを終えた後、人目を気にすることなく机に突っ伏する。


「いやいや、これでもユーリ君の物分かりがよくて早く終わった方だよ。お姉さん助かっちゃった」


 手続きの対応をしてくれたリーデロッテさんはそう言ってくれるけれど、なにぶん書類にはトラウマがあるんだ。うう、ブラック企業……30連勤……。


「しかし、10歳から入れるにしては、講習とか手続きとか結構あるんですね」


 手続きの中には、冒険者に関する講習も含まれていた。冒険者ギルドのきまりや、依頼の受け方。暗黙の了解などなど。


 10歳そこらの子供に詰め込むには長大な内容だったが……それにも理由があるようで。


「まあ、ユーリ君はいきなり銅等級からだからねぇ……」


 冒険者にはギルドが設定した六つの階級がある。

 下から無等級ルーキー銅等級ブロンズ銀等級シルバー金等級ゴールド白金等級プラチナ黒曜等級ブラックの六つだ。


 上に上がれば上がるほどに依頼の難易度は青天井に上がっていき、それに比例して莫大な報酬が約束される。黒曜等級なんて、100年以上続く冒険者ギルドの歴史でたった三人しかいないのだとか。


 基本的には登録したての人間は無等級ルーキーから始まり、依頼をこなした功績が評価されて初めて銅等級ブロンズに上がれるのだという。


 そして、今回俺は一段飛ばしで銅等級ブロンズになった。そのため本来無等級で積むはずの経験が俺にはない。その埋め合わせをするための講習に時間がかかったわけだ。


 余談であるが。


『無等級なんてただの雑用だよ。あれだけ戦えるくせに遊ばせておくのも勿体ねぇだろ』


 というのが、俺を銅等級にしたバラズさんの言葉だ。それと、彼はこうも言っていた。


『戦うだけなら色々ぶっちぎって金等級でも構わねぇが……ま、銀以上は戦うだけじゃないってことだな。変なことでもしなけりゃすぐにそこまで上がれるから、是非とも励みたまえよ若人君』


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべる彼は、適当なことを言っていた。なんとなく、試験前の観客の気持ちがわかったような気がした。


 ともあれ、晴れて俺は銅等級冒険者だ。日銭を稼ぐ手立てを得たのは、俺の旅の目的を考えれば好ましい。それに、聞けば冒険者ギルドとは世界を股に掛ける組織のようで、図らずも俺の行動範囲が広がった形になった。


 こういうのを棚から牡丹餅というのだったか。


 順調すぎるぐらいだ。


「……あー……あの、エレナ……さん?」


 俺の向かい側に座る彼女の態度を除けば。


「なに」

「あのですね、エレナさん。そろそろ不機嫌の理由を教えてくれたらなー……と」

「さっきまでそんな態度じゃなかった」

「うっ……そ、そうだな」


 手続きが始まってから約二時間。書類にあれやこれやと書き込んだり講習を受けている間、じっと俺のことを見つめている少女がいた。エレナである。


 じとーっとした緑色の瞳をこちらに向けてくる彼女は、なにやら機嫌が悪そうな表情をしている。試験の時まではそんなことがなかったはずなのにこの変わりよう。俺が何かをしてしまったとしか思えない。


 何をしたのかはわからないが、機嫌を悪くしてしまったまま険悪になってしまうのは避けたいところ。

 もちろん、エレナと仲良くしたいのは、俺の感情だけが理由ではない。


 そして、俺の目的のために勇者に近づくには、やはり人間社会でそれなりの地位を持った方が動きやすい。


 例えば、貴族からの依頼も受けられる白金等級プラチナ冒険者、とかな。


 しかし、ソロで功績を上げて金等級以上を目指すのはいばらの道。やはり人は群れる生き物。複数人の冒険者でパーティーを組んだ方が、冒険者等級を上げやすいのだという。


 パーティー自体が俺の目的達成のための足かせになるかもしれないけれど……人間社会での地位向上を考えれば、些末な問題だ。


 誰かを慮るぐらいなら、復讐なんてやめればいい。だから、気にしない。


 そうした理由から冒険者パーティーを組むことを目論む俺のパーティメンバー第一候補こそが、森の外で一番最初に出会った少女であるエレナなのだ。


 人柄がよく、町の案内を買って出るやさしさもある彼女は是非ともパーティーを組んでもらいたい一人。なによりも俺と年齢が近いのがベストだ。


 なので、出来るだけ彼女とは仲良くしておきたいのだが……


「むぅ……」


 頬杖をついて不機嫌そうにうなる彼女には、とてもじゃないがそんなことを言えそうになかった。


 いったいなぜ彼女は機嫌を悪くしているのか。その理由がわかるまでは、こちらからパーティーに誘うことは憚られる――


「いくらユーリ君が簡単に銅等級になったからって嫉妬はだめだよーエレナちゃん」

「なっ……リーデさん! 私、別に嫉妬とかしてないけど!」


 嫉妬?


「え、えと……」

「あ、えっと、これは違くってねユーリ……!」

「違うって何が違うのよー、エレナちゃん」


 リーデロッテさんの言葉に図星を突かれたようにわたわたとし始めるエレナ。そんな彼女は、俺の方を向いて取り繕うようにぶんぶんと手を振り回して何かを言おうとするが……背後に回ったリーデロッテさんに抱きしめられて、口を塞がれてしまった。


 そして、代弁するようにリーデロッテさんが言う。


「エレナちゃんはねー、冒険者になってから二年間、ずーっと無等級で頑張ってたんだよー。だから、簡単にユーリ君が無等級を飛び越しちゃったから、嫉妬しちゃったんだー」


 ああ、なるほど。自分よりも若手の新卒がいきなり上司になったらなんだかやるせなくなるようなものか。


 それは確かに、居心地が悪い。


「他にもー、同年代の無等級仲間が増えるって期待してたのもあるのかな」

「むむぅ!!」

「図星~」


 またもや図星を突かれたエリンが、顔をトマトのように真っ赤にしながら抵抗する。そこまでしてから、ようやくエレナはリーデロッテさんの拘束から解放された。


 解放されたエレナは一言。


「……今の全部嘘だから」

「お、おう……」


 やはり彼女にもプライドがあるのだろう。まあ、内心で考えていることを赤裸々に語られていい気分の人間なんていないか。


「でも、悔しいのは間違ってない」


 ただ、赤くした顔をこちらに向けながらエレナは言った。


「今は無等級だけど、すぐに銅等級になって見せるんだからね!」


 席から立ち上がりつつそう宣言する彼女は、びしりとこちらを指をさす。その言葉を聞いて、なんと心の綺麗な少女なのだろうか、と俺は思ってしまった。


 悔しさをガソリンに闘争心を燃やす姿のなんと凛々しいことか。


 ううん……前世が25歳だったこともあって、どうにも彼女を年下に見てしまう。今の俺は10歳なのに。この価値観のずれは、いつか大きな過ちを犯してしまいそうで怖い。


 だから、同年代との交流を増やしておきたい。


 今の自分は10歳なのだと、錯覚したい。


「え、えと……私が銅等級になったら暁には……」


 俺の目論見はともかくとして、顔を赤くするエレナは続けざまに何かを言おうとした。なんだか言いづらそうに言葉を続ける彼女であったが……その言葉が最後まで語られることはなかった。


「邪魔するぜ」


 俺たちが囲む机に、二人の少年が割って入って来たからだ。


「お前が噂の新人だな。俺様はフバット。未来の黒曜等級冒険者だぜ」


 割って入ってきた少年の内一人が、俺に向かって言った。


「ここに来た目的は一つ。お前を俺様の部下にしてやってもいいぜ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る