第14話 期待と興奮


 ギルドの裏手にあったのは、それなりに広い訓練場だった。屋外に設えられた訓練場には、ところどころに訓練用と思われる木剣や槍、盾などが散乱している。


 そんな訓練場を見たおっちゃんが、おっちゃんの後についてきた俺、その更に後ろについてきている観客一同へと訊ねる。


「誰だ訓練場散らかした奴」

「フバットの奴らがさっき入ってくのは見ましたぜ」

「おし、説教決定」


 どうやらフバットなる人物の説教が決定したらしいが、俺には関係のないことだ。


 散らばった木剣を蹴って端に寄せてから、おっちゃんは訓練場のど真ん中に仁王立ちして俺を迎え入れた。


 ちなみに、エレナをはじめとして十人ほどの観客が訓練場に入って来たのは気にしないこととする。なぜ俺の試験に観客が集まるのか不思議でしょうがないけれど、不安しかないけれど、気にしていても仕方がない。


「さて、えぇっと……ユーリだったか」

「はい」

「お前は何ができる?」


 何ができるか、と問われれば俺に出来ることは一つだけだ。


「魔法が使えます」


 明かすことはできないけれど、母さんの子供として、魔人族としてそこだけは譲れない。


 魔人族は、最も魔法が得意な種族なのだ。


「ほう。つまり、例のでかい魔物は魔法で追い払った、と」

「まあ、そうですね」


 魔力を大きく込めて威力を上げていたとはいえ、牛の魔物に使った〈ボルトショック〉は誰にでも使える護身用魔法だ。バチリと痛みを与えるだけ。静電気のように。


「よし、じゃあそれを俺に使ってみろ」

「えぇ……」


 おっちゃんのその言葉に、俺は思わず声を出して呆れてしまう。


 仮にも4メートルの魔物が悲鳴を上げた魔法を、よくもまあ自分に使わせようと思ったなこの人は。


「いいか、ユーリ。俺の試験は二つの行程で分けられる。受けて、撃つ、だ。まずはお前の一撃を受け止めて攻撃力を測ってから、今度はこっちの一撃を放ってお前の防御力を測る。んでもって、そいつが戦いに耐えうるかを確かめるってわけだ」

「そ、そうですか……」


 呆れはしたが、理にかなっているとは思った。エレナから話を聞いた限り、やはり冒険者に求められるのは戦闘力。どれだけ戦えるかが最も重要な以上、攻撃力と防御力は重要な科目だ。


 それを測る方法は多岐にわたるだろうけれど、己の身一つで稼いできたのなら、どれだけの実力があれば魔物を相手に戦えるのかは身に染みているはずだ。


「おーい、ユーリ!」

「うん? どうしたエレナ」


 そんな折、観客の中からエレナが手を振って声をかけてきた。


「おっちゃん頑丈だから。頑丈だけが取り柄だから。思いっきりやっちゃって大丈夫! ほら、一番最初に私を助けてくれた時の奴で、ぶっ飛ばしちゃって!」

「過激だなぁ……」


 おそらくは先ほど話していた依頼の不備の怒りが冷めていないのであろうエレナは、拳を振るジェスチャーで苛烈な攻撃を求めてくる。


 いやいや、流石にあれは魔物相手に使う魔法であって、人相手に使うモノじゃない。そう思っていたのもつかの間、ふんふんと鼻息荒く声を上げるエレナのアドバイスを聞いたおっちゃんが、ニヤリと笑った。


「吹っ飛ばす、ね。そいつは気になるなぁ」


 嫌なの予感が背筋をよぎる。俺の嫌な予感は当たるんだ。


「おい、ユーリ!」

「な、なんでしょう……」

「いまエレナが言った奴を頼むぜ! もしも違うやつを使おうものなら、その時点で不合格だ!」

「嘘でしょう!?」


 おっちゃんのその言葉に、観客席が湧きたった。


「気に入らねぇ態度しやがってバラズゥ!」

「余裕こいて死ねェ!」

「おうおう小僧、バラズが死んでも気にしなくていいぞ!」


 バラズ、とはこのおっちゃんのことなんだろうけど、随分な嫌われようだ。


「うーん、素晴らしい声援だ。これでこそ頑張りがいがあるというものだ」


 これを声援と捉えているバラズさんもバラズさんか。彼らの関係値は知れないけれど、この光景は日常茶飯事らしいことはわかる。


 というか、ここに来るまでの間にエレナから聞いた話だけれど、依頼の内容が違ったと彼女は怒っていた。もしや、このおっちゃん相当に適当な人ではなかろうか。


 と、なると。生半可な魔法を使っても、適当にあしらわれて不合格を言い渡されるかもしれない。


 ここは一つ、エレナに言われたとおりにガツンと言った方がいい、か?


「……死なないでくださいよ」

「胸がドキドキ、期待ワクワクだ」


 何言ってんだこのおっちゃん。


 ともあれ、覚悟は決まった。全身全霊で――


「〈ライトニングブーツ〉」


 俺は魔法を発動した。


 


 

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