第11話 救援と雷撃


 森の外を目指して歩きながら、色々と実験しているとなにやら助けを呼ぶ声が聞こえてきた。俺が常時発動している魔法の一つ、風魔法〈ワインドエコー〉の聴覚強化の恩恵だ。


 距離は遠い。〈ブリーズステップ〉は目にもとまらぬ速さで走る魔法だが、その分移動距離が短い。だからここは、長い距離を駆け抜けられる雷魔法〈ライトニングブーツ〉を発動する。


「〈ライトニングブーツ〉」


 稲妻が一条の光となって森の中を駆け抜ける。〈ライトニングブーツ〉。それは、足に雷を纏うことで高速移動を可能とする魔法だ。もちろん、この足で蹴ればそれなりの攻撃にもなる。


 これを使えば、森の外までは一瞬だった。初めて出た森の外。そこに広がる草原は、前世のテレビで見たヨーロッパの草原のようにどこまでも広がっていた。


 空を飛ぶ鳥や、草をはむ草食動物がまばらに生きる大自然の中、助けを呼ぶ声が聞こえてきた方を見れば――そこには、年端もいかない少女が巨大な牛に襲われているのが見えた。


 猛る牡牛は、ダンプカーのような巨体で少女をひき殺そうとしている。迷う暇なんてない。


「っ……!!」


 〈ライトニングブーツ〉に〈ブリーズステップ〉を重ね掛けし、更なる速度を纏った移動で俺は少女を助けるべく、牛の魔物へと肉薄する。そして、勢いそのままに蹴った。


――ブモォ!?


 牛の突進の邪魔をすることで、間一髪で少女を助け出すことに成功したが……安否を確かめている時間はない。


 ただ――


『魔法を使って戦うのは最終手段』


 母さんの言葉が、俺の脳裏をよぎった。もちろん、それは人と喧嘩になった時の教訓だけれど……だからといって、相手が魔物だろうと、むやみやたらに魔法を使って暴力的に解決するわけにもいかないだろう。


 今日を生きるために命を奪うのならばまだしも。


 死んだ体を野ざらしにするために命を奪うのは違う。


「〈エレキショック〉」


 雷魔法〈エレキショック〉


 バチリと迸る電撃は、ダメージはないが痛覚を刺激する魔法だ。その痛みは想像を絶するもので、一瞬とはいえ背筋を伝う電撃は地獄の門番も裸足で逃げ出す痛みを伴う。


 ただの牛の魔物が、耐えられる痛みじゃない。


 ――ブモォオオオ!!!


 痛みに絶叫する魔物は、期待通りに逃げ出した。命を奪わずに済んだと、ほっと一息吐いた後、改めて俺は助けた少女に向き直った。


 まずは一言。


「えっと……初めまして。俺はユーリ。大丈夫?」


 初対面の相手に笑顔で名乗るのはサラリーマンの鉄則だ。それが功を奏したのか、動揺を顔に浮かべた少女もまた、自己紹介で返してくれた。


「あ、えっと……私はエレナ。助けてくれて……その、ありがとう」


 くりくりとした緑の瞳に、肩まで伸びたセミロングの薄い緑色の髪の彼女は、名をエレナというらしい。俺よりも随分と身長が高いけれど……いや、これは俺の背が低いだけかもしれない。認めたくはないが。


 とにかく、自己紹介も終わらせたところで、俺は彼女に近づいて手を取った。


「ケガしてるな。ちょっと見せてみろ」

「え、うん……」

「〈アクアヒール〉」

「回復魔法……!?」


 何か驚いてるようだけど、ちょっと今は気にすることができない。何分、回復魔法は扱いが難しいから、気を抜いたら失敗してしまう。


「え、ちょ、あれだけの攻撃魔法使えるのに回復魔法までって……」

「ちょっとごめん静かにしてくれる? ……っと、これで治ったかな」

「わっ……ほんとに治ってる……」


 おそらくは転んだ時に出来たであろう擦り傷を治療してから、改めてエレナに向き合う。すると彼女は、驚愕から一転して瞳を輝かせながらこう言った。


「魔人族みたいだ!」


 みたいだ、というか魔人族なんだけど。


「あ、えっと、悪い意味じゃなくてね? おとぎ話に出てくるすごい魔法が得意な種族なんだけど……

「あ、うん。俺ハ人間デスヨ……はい」


 角がない。


 彼女の言う通り、今の俺には自慢の片角が無くなっている。一応、説明をしておくと別に折ったとかそう言うわけではない。


 まあ、母さんは片角のことを忌み子だとか混血の証拠とか言ってたけど、だからと言って生まれ持った角を折るほどに追い詰められたわけではない。


 霧魔法〈ミラージュ〉は幻覚を見せる魔法だ。これによって、俺は魔人族固有の角を消して見せている。母さんを殺した連中からわかる通り、人間は魔人族を排斥しているのが原因だ。


 俺は勇者コウキの魔人排斥を止めるために旅をしているが、不必要な騒ぎは目的達成の邪魔になる。だから人間として振舞うために、俺は角を隠している。


 できることならこの白髪紅瞳も隠したほうがいいんだろうけど。気絶した時のことも考えて、意識を失っても解けないほど強力な霧魔法で角を隠すとなると、髪や瞳にまで魔法をかけることができなかった。


 ともあれ、今の俺は端から見ればただの人間。魔人族ではない。


「俺は人間の、ユーリだ」


 人間であることを強調しつつ、訊ねた。


「この国について教えてくれるか? 何分、旅をしてて常識に疎いんだ」

「あ、うん。助けてくれたしね。私の知ってることなら……とりあえず、町に移動しながらでいいかな?」


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