第10話 牡牛と遭遇


 エレナは死を覚悟した。


 冒険者として初めての魔物討伐に狩り出た彼女は、町の郊外にある森の近くにいた巨大な牛を前にして思った。


「え、デカすぎない?」


 思ったというか、言ったというか。思ったことが口に出てしまうエレナは、156センチの自分の三倍はあろうかという巨大な牛の魔物を前にして、死を覚悟したのだ。


 覚悟したというか、悟ったというか。


 少なくとも、12歳になったばかりの自分じゃ勝てない相手だなと、本能から理解した。


 思い上がりがあったのは認めよう。

 冒険者になってから、一度も魔物の討伐に行けていない状況に不満があった。


 その時に舞い込んできた町の南に現れた『ファイターブル』の討伐依頼。冒険者になるべく多くの鍛錬を積んできた自分なら十分に倒せる相手だった。


 はずなのに、現場に来てみればそこに居たのは『ファイターブル』とは似ても似つかない巨大な怪物。


 『ファイターブル』といえば、体長一メートル半もない小型の魔物で、本来であれば群れて生活する臆病者だ。そのはぐれとなれば、12歳と言えど魔法も剣術も学んだエレナの敵ではなかった。


 ファイターブルなら。


 そして、ファイターブルではなかったので彼女は窮地に陥っている。町のはずれの森の近くの草原に居たのは、ファイターブルではない牛の魔物。それが、こちらへと向かってきている。


 体長四メートルはあろう巨体が、怒気を漲らせて突進してくる。受ければ即死。かすっても即死。避けても――


「死ぬ……」


 魔物の好戦的な瞳が彼女の体を貫いたかと思えば、蛇に睨まれた蛙のようにエレナは動けなくなってしまった。だから、避けることもできない。


 死ぬしかない。


「た……」


 ようやく自分を馬鹿にする連中を見返せると思っていたのに。


「だれ、か……」


 訓練しかさせてもらえなかった退屈な日々からおさらばできると思ったのに。


「誰か、助けて……」


 こんなところで死にたくなんてなかった。


「〈ライトニングブーツ〉」


 その時、横合いから迸った稲妻が牛の魔物の胴体を貫いた。


「え……なに、が……?」


 否、稲妻に見えたそれは人だった。白髪紅瞳の子供が、見たこともない魔法を使って登場したのだ。彼が放った雷を伴った蹴りは、彼我の体格差をものともせず四メートルはある牛の魔物を吹き飛ばした。


 信じられないモノを見たと、エレナはあんぐりと口を開ける。驚愕を通り越して、彼女は真顔になってしまった。


「大丈夫か? 助けてって言われたから来たが……まずはこのデカ物を追っ払ってからか」


 そんな中、子供はエレナの安否を確かめようとするが――牛の魔物の戦意が落ち着いた様子無く、先ほどよりも更なる怒りを溜めてこちらへと突撃しようとして来ていることに気づいた。


 落ち着いて話せる隙は無いと、応戦の構えを取る子供。しかし、危機的状況にエリンは言う。


「い、いや……逃げようよ!」


 先ほどの突撃でも死を感じるほどの一撃だった。だというのに、今放たれようとしている突撃は、先ほどよりもより強い死の気配を感じる。


 見たところエレナよりも年下の子供が、そんなものに立ち向かえるはずがない。そう思ったからこそ、牛の魔物が怯んでいるうちに逃げようと彼女は言うが。


「問題ない。追い払うだけだから――〈エレキショック〉」


 放たれたのは雷魔法。しかし、先ほどの稲妻が如き魔法とは似ても似つかない静かな電撃は、青白く迸り牛の魔物に襲い掛かった。


 バチリ。


 その魔法にどんな力があるのかを、エレナは知らない。

 だからこそ、生じた結果に驚愕した。


――ブモォオオオオ!!!


 電撃が迸ったかと思えば、牛の魔物が大声を上げてのたうち回る。それから一目散に、牛の魔物は逃げてしまったのだ。


「冬場の静電気とか痛いよな。こればっかりは異世界も共通だ」


 魔物が逃げたのを見送った子供は、ふぅと一仕事を終えたように息を吐いてから、エリンの方を向いた。


「えっと……初めまして。俺はユーリ。大丈夫?」

「あ、えっと……私はエレナ。助けてくれて……その、ありがとう」


 人間の少女であるエレナと、ユーリの出会いは衝撃的なモノだった。それこそ、青天の霹靂のような。


 驚愕に満ち溢れたものだった。

 

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