第9話 祝福と旅路
「これで全部かな」
人が一人いなくなっただけなのに、随分と広くなったリビングの景色を見渡してから、俺はバッグの中身を改めて確認する。それから、持っていく予定のものが全部収まっていることを確かめると、家の外に出た。
と、そこで忘れ物を思い出す。
「あぶね、忘れるところだった」
急いで家の中に戻って、タンスの上に置いてある母さんの写真の隣に置いてあったペンダントを手に取った。
母さんの形見。母さんが大事にしていたペンダント。勝手に持ち出す形にはなるけれど、度々母さんが俺に見せては『お母さんが死んだら、これはユーリのものになる』と言っていたので問題ないだろう。
それを首にかけて、改めて外に出る。
「少し空けるよ」
そんな挨拶を、誰も居なくなる家の中に向かって言いいながら。
「くぅん」
「ガルガンチュア……だから、噛むなって言ってるだろ」
「くぅんくぅん……」
「わかってるって。でも、お前は連れてけない。これは俺のわがままだから」
外に出てみれば、すぐにガルガンチュアがいつものように甘嚙みをして出迎えてくれる。相も変わらずによだれだらけにされてしまったけれど……仕方がない。
なにせ、今日で俺は家を離れるのだから。
「母さんのことは頼んだぞ」
「がう」
あの日――母さんが死んだ日に、森の中からガルガンチュアと協力して大きな石を持ってきて、家の近くに墓を建てた。
それから一週間ほどが経ってから、俺は旅に出ることにした。
墓のことは、ガルガンチュアに任せるつもりだ。何かと利口なガルガンチュアは、俺の言葉を理解してくれるし、墓石を綺麗にしたり、近くに来る魔物を追い払うことだってできる。
これ以上ない守護者だろう。
だから、安心して家を空けられる。
旅立てる。
「確か、魔人族は12歳で親離れをするんだったけ。……なら、俺は遅すぎるくらいだな」
母さんの墓の前に立って、俺はそんな冗談を言った。ユーリとしては10年しか生きていないが、生前は25年も生きた男だ。10歳なのか、25歳なのか、はたまた35歳なのか。なんにせよ、旅立つ分には遅いぐらいだ。
それに、俺にはやるべきことがある。
あの男たちは、俺を餌にして他の魔人族たちをおびき出すと言っていた。つまり、俺や母さんと同じように隠れ住んでいる魔人族の人たちが、ああやって人間の都合で殺されているかもしれない。
それはどうにも、胸糞悪い。
それがかつて、俺を殺した勇者コウキの指示なのだとしたら、尚更だ。
だから、これは復讐。
俺を殺し、母さんを殺した人間たちに対する復讐だ。
俺のように迫害された魔人族を助ける。
「いや、これはきれいごとか」
確かに、俺以外にも迫害され、理不尽な暴力を受けている魔人族がいるならば助けようと思う。そうするべきだと思う。だけれど、その根本にある思いは一つだ。
勇者を殺す。
その目的だけは絶対に変わらない。
「しかし、コウキか……あの力は、魔法じゃねぇよなぁ……」
俺と一緒に此方の世界に転移してきたコウキと三人の女子。名前の漢字はわからないが、そのうち一人の大人しそうな女の子の名前はハルカだったはず。
そして、二人は何やらおかしな力を使っていた。コウキは雷。ハルカは大太刀。どちらも魔法のようだけれど、俺と同じく異世界に来たばかりの彼らがすぐに魔法を使えるようになったとは思えない。
だから、あの力は魔法じゃない。もっと別の何かだ。それが何なのかはわからないけれど……事情を知ってそうな男が口走っていたのを俺は覚えている。
“異能”。
コウキたちと相対するのなら、無視することはできない言葉だろう。
それと、人間たちが言っていた勇者コウキからの任務。今の彼らは人間の国で相当な地位にいるのは確定している。それは、俺が死ぬ直前に居た聖堂のような場所での扱いを見れば明らかだ。
場合によっては――人間の国、そのものを相手にする可能性も考えた方がいい。
ならば、俺に必要なのは――
「まずは、仲間だな。できるなら、事情通の奴がいい」
相手の手の内を知り、仲間を集う。そんな風に目的を見定めて、予定を立てながら、俺は森の外を目指して歩いた。
まず最初の目的地は……
「問題は、森の外がどうなってるのか、だな」
最初の目的地は決まっていない。そもそも、俺は外のことを何も知らないのだ。だから、行き当たりばったりになってしまうが――
それも旅の醍醐味だ。
※―――
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