第8話 母親と息子


「母さん……」


 人間たちを殺した。


 名前も知らない、会ったばかりの人たちを。それでも、母さんが殺された怒りがちっとも晴れない。むしろ、やるせなさが胸いっぱいに広がっていく。


 ちっとも嬉しくない。


 なのに、どうして俺は――


「ユーリ」

「っ!? 母さん!」


 その時、不意に母さんの声が聞こえた。嘘かと思ったが、違った。


「がう」

「が、ガルガンチュア……」

「ガルちゃんがね。魔法で助けてくれたの。土魔法で私を地面に埋めて、守ってくれたの……」


 どうやら、ガルガンチュアが母さんを助けてくれたようだ。しかしお前、魔法使えたのかよ。


「よかった、よかった……」


 生きていてよかった。そう、思ったのもつかの間のことだった。


「それじゃあ、お別れね」

「……え」


 ふらふらとガルガンチュアの横に立つ母さんが、苦しそうにしながらも、無理矢理笑みを作ってそう言ったのだ。


「ど、どういうことだよ母さん」

「どういうこともないわ。もうすぐ、お母さん死んじゃうの。だから、お別れ」


 その時、俺は母さんの右腕を見た。切って落とされた母さんの右腕があった場所から、溢れんばかりの血が流れているのを。失血死。そんな言葉が、頭の中をよぎった。


「少し昔の話をしましょうか」


 俺の方にふらふらと近寄りながら、母さんは言う。


「魔人族の片角は忌み子の証。混血の証明だからね。だから、私は赤ん坊だったあなたを連れて、誰にも見つからない森の中に隠れ住んだの」


 残った左腕で、俺の右角に触れる母さん。


「皮肉なことに、程なくして勇者たちが魔人族の国に攻め入ったって話よ。私たちは、忌み子を厭う同族たちから嫌われたから、こうして今も生きていられる。でも、もう終わり。お母さんはもう、あなたを守れない」


 最後の力を振り絞るようにして、母さんは言った。


「でも、よかった」


 安堵を浮かべるようにして、母さんは微笑む。


「な、なんで……」


 安堵の理由を、俺は訊いた。


「あなたが生きてたから」

「そ、そんなの……俺は……」

「いいの。お母さんのことは気にしないで。魔人族の子は、12歳から成人するために、親元から離れて修行を始める。それが少し早まっただけ。だから、いいの」


 ついには立つ力もなくなった母さんの体が、俺の方へと倒れてきた。それを、俺は優しく受け止める。


「俺は……母さんに……い、生きてて……欲しかった……」

「親離れは必要よ、ユーリ。あなたは強い子。お母さんの子供なんだから、きっと私が居なくなってもやっていける。だから、どうか――」


 静かな声で言う。


「幸せになってね」


 そう言って母さんは、静かになった。


「あ……あ、あ……」


 死んだ。


 母さんが、死んだ。


「あぁああああ……」


 だから泣いた。


 25歳の大人のくせに、10歳の子供みたいに俺は泣いた。


 情けないだろ? 二つの人生を合わせれば35年も生きてるってのに。アンバランスだ。まるで、この片角みたいに。


 それでも、今は、泣きたかった。


「くぅん」

「ガル、ガンチュア……母さんが、母さんがぁ……」


 冷たくなっていく母さんを抱きしめながら、森の中で俺は泣いた。

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