第7話 異常な恐怖
アドベルにとって、それは安い仕事であった。
冒険者である彼は、度々そう言う依頼を受けることがある。それは、彼の高い実力と、容赦なく冷酷な性格を評価してのものだった。
獲物とわかれば、人だろうが亜人だろうが容赦なく殺すことができ、その痕跡も一切残さない仕事人。
彼が特に好きな仕事は、魔人族を殺すことだった。
魔法を扱うのがどの種族よりも得意な魔人族は、しかし彼がとあるダンジョンの最深部で手に入れた、貴重な魔法を封じる封魔石一つで無能になり果て、信じていた己の力すら使えずに死ぬのだ。
死ぬ危険もなく勝てる相手。しかし、報酬はSクラスの大金。ノーリスクハイリターンの仕事はそのうち、彼を狂わせる。
自分が偉大な存在であると。
魔人族とは、恐るべき種族だ。
ひとりひとりが戦略規模の魔法使いであり、
だからこそだろう。
「な、なんだ……このガキ……」
目の前の異常存在に、彼の本能がはち切れんばかりの大声で叫んでいた。
見た目はただの子供。白髪紅瞳に鋭利な角と、魔人族としか思えない姿をしている。だから、封魔石を使えば、他の魔人族同様に何もできないただの子供に成り下がるはずだった。
そのはずなのに。
――ぽっ、と。
白髪紅瞳の少年の周囲に、小さな炎が現れた。それは炎にしては暗く、闇のような黒を纏っている。
魔法。しかし、封魔石の力は発動している。
のに、魔法のような黒い炎は揺らめいている。
明らかにおかしい事態に、冒険者としての長年の勘が、いつものように魔人族討伐の任を帯びたアドベルに警鐘を鳴らした。
すぐに逃げろ、と。
「ふ、ふざけんな!!」
しかし、彼は既に狂っていた。
相手は一人。既に上位魔法を使える部下十数人で囲っていて、いつだって総攻撃を仕掛けられる構えだ。こんな状況で、魔人族の子供一人に後れを取るだなんて、許せない。
魔族は大したことのない種族だから。
魔法が使えなくなるだけで戦えなくなる無能だから。
俺が、負けるはずなんかない。
「うぉおおおおおおおおおお!!!!」
ぬめりとした泥のような脂汗が頬を伝うと同時に、アドベルは雄たけびを上げた。怯える本能を打ち消して、この子供を殺すために。
既に、当初の子供を餌にする作戦を忘れて殺そうとしている時点で、彼から余裕がなくなっているのだけれど……そんなことにも気づけないほどに、彼は焦っていた。
狂っていた。
だから。
「――シネ」
黒い炎が、自分の体を消し飛ばしていたことにも、気づいていなかった。
「うっ、うわぁあああああああああ!!!」
魔族討伐のリーダーであるアドベルが死んだことに気づいた一人が、恐怖から声を上げて逃げ出した。しかし、いつの間にか近くにあった黒い炎が彼の姿をかき消してしまう。
「な、なにが……!!」
「なんだよこの魔法!! 封魔石は発動してるんだろなァ!!」
「そ、そうだ……これの近くに居れば……!!」
逃げられない。そう感じたモノから、今度は封魔石を頼りに集合し始める。周囲の魔力を吸収し、魔法を無力化する封魔石は魔法に対して絶大な防御を誇るだろう。
「キエロ」
しかし、それは魔法でないのだから意味がない。
二人を呑み込んで燃え盛る黒い炎が、集まった数人を封魔石ごと消し炭にした。あとに残るのは焼け焦げた跡だけだ。
「あ、あ、あああああああ!!」
逃げても殺され、封魔石も無駄。追い詰められた生き残りたちは、恐怖を顔に出しながら狂ったように走り出し、各々の武器をもって白髪紅瞳の子供に襲い掛かる。
「ホロベ」
だが、そんな神風特攻など黒い炎には意味をなさない。むしろ、逃げ惑うよりも楽だと言わんばかりに、集まったところを一網打尽に燃やし尽くしてしまった。
「ひっ……ひ、ひぃいい!!」
そして残る最後の一人は、頭を抱えて蹲った。
「く、来るな! 俺を誰だか知らないのか!! あの勇者コウキから直々に魔人族討伐を承ったんだぞ俺は! なのに、なのに……!!」
「……コウキ?」
悪あがきのように叫んだ言葉が、不意に近づいてくる白髪紅瞳の子供の足を止めた。それを好機と見たのか、或いは弱点となる何かを見出したのか、にやりと笑った生き残りは強気な言葉で攻め立てる。
「ああ、そうだ!
「――そうか」
しかし、言葉は最後まで語られることなく終わってしまう。口が無ければ喋れない。口ごと消し炭にされたのならば、尚更。
そうして、アドベルを筆頭とした百戦錬磨の魔族討伐隊は、どことも知れぬ森の中で一人の魔人族の子供に敗北を喫し、文字通り全滅してしまうのだった。
屍一つ残らぬ戦場の中で、一人きりとなった子供は――
「母さん……」
消えた母親を呼んだ。
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