第6話 不安と事件
「なんにもなし、と」
本日の釣果もボウズだった俺は、釣り竿を片手にとぼとぼと歩いていた。
「がう」
「噛むなガルガンチュア」
「がじがじ」
「やめい」
そんな俺を励ますように甘噛みをしてくるガルガンチュアであるが、本当にやめてほしい。一応、〈アイアンスキン〉のような身体能力を上げる魔法は一通り常時発動できるようにしているので、問題はないけれど。歩きづらいったらしょうがないのだ。
「……ん?」
よだれ塗れになりながら帰路につく俺は、しかし途中で足を止めた。〈アイアンスキン〉同様に、探知魔法も常時発動しているため、家に誰かが来ているのに気づいたのだ。
「誰だろ」
転生してからの半年どころか、ユーリとして生きた10年の記憶で誰かがここに来たことは一度もなかった。
嫌な予感がした。
「ガルガンチュア、ちょっとここで待っててくれ」
「がう?」
「人が来てる。お前は一応魔物だし、下手に姿を現すと騒ぎになる」
「がうっ」
利口なガルガンチュアは俺の言葉を理解してがうと吠えた後に、お座りをして待機のポーズをした。それを見てから、急いで家に俺は駆ける。
今までになかったことというのは、やはり人を不安にさせる。いきなり変な世界に転移してきたとき然り、知らない子供に転生したとき然り。
そして10年間無かったことが起きた今、俺の不安は――
「……は?」
俺の不安は的中した。
「あ……子供? こいつの子供か」
「あら……来ちゃったのね、ユーリ」
家を取り囲むように十数人の人間が立っていた。その中心となる家の入り口では、母さんが蹲っている。その足元には、母さんの右腕が落ちていて、地面を赤く濡らしていた。
濡らしていた?
どうして、母さんの、右腕が……
「逃げなさい、ユーリ!!」
「うるせぇよ
「くぅ……!!」
右腕を失った肩をかばいながら俺に逃げろと伝える母さんを、近くに居た男が思いっきり打ん殴った。
彼の手には、血に塗れた剣が握られていた。あの血は、きっと母さんのもの――
「母さん!!」
常時発動の強化魔法に加えて、〈ブリーズステップ〉の発動によって加速した俺は、殴られた母さんが倒れるよりも先に母さんの下に移動して、その体を受け止めた。
その動きに、周囲の人間がぎょっとしたように俺の方を見る。
「な、何があったんだよ!」
「に、逃げなさいって……言ったでしょ……」
「母さんを置いて逃げるなんてできないよ!!」
明らかに異常事態なのは火を見るよりも明らかだった。とにかく、まずは母さんの治療を――
「ちっ、やっぱ子供でも侮っちゃいけねぇな!!」
「っ!?」
その時、母さんを抱える俺に向かって剣が振られた。それを何とかよけようと体を動かすが、慣れない動きに追い付けなくて、母さんを手放してしまう。
「母さん!」
地面に転がる母さんの体。
「おい、子供がいるんならそいつはいらねぇ! さっさと処分しちまえ!」
「あいよ!」
瞬間、溢れんばかりの魔力が家を取り囲む人間たちから放たれたかと思えば、それは魔法へと姿を変えて母さんへと殺到する。
燃え盛る火炎が。圧倒的な流水が。巨大な岩石が。荒々しい強風が。明らかな殺意を伴って、迫る。
「危ない!!」
迫る母さんの危機にもう一度、俺の体が助けに動くが……その体は動かなかった。
魔法が、発動しなかった。
「封魔石……魔法が使えねぇ
何をされたのかはわからなかった。ただ、近くにいた男が手に持ったこぶし大の岩が、俺の魔法が発動しない原因なのは明らかだ。
だから、
「母さん!!」
間に合わなかった。
すべての魔法が流星群の如く母さんに降り注ぎ、あとには何も残らない。クレーターのようになった地面だけが、すべての結果だ。
「……なんで」
意味が分からない。
どうして、母さんが殺されたのか。
「あ?」
「なんで、殺した」
訊く。
どうして殺したのか。
「お前らが悪だからだ」
悪?
悪ってなんだよ。
悪いことをする奴ってことか?
じゃあ、なんだ。母さんがお前ら何か迷惑をかけたって言うのかよ。何をしたって言うんだよ。
「お前ら
悪。生きているだけで、悪。
じゃあ、お前らは、悪を滅ぼす、正義だって言いたいのか。
「悪だったら、死ねってのかよ」
「ああ、そうだ。世界のために死ね」
死。
「だがその前に、お前には仕事をしてもらうけどな」
「仕事……?」
「子供の
ああ、だから。
母さんを殺して。俺を封じたのか。
俺を餌にして。他の魔人族をおびき出すために。
それに、習性? 人間に使う言葉じゃない。……いや、違うか。
こいつらからしたら、俺たちは人間じゃないんだから。
「だったら……」
「あん?」
お前たちが俺たちを悪というのなら。
お前たちが俺たちを人間ではないとみなすなら。
「俺は悪でいい」
俺の中で、黒い炎が揺らめいた。
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