第5話 約束と後悔
転生してから半年が過ぎた。
ここまでくると転生したばかり(転生前の記憶がよみがえったばかりとも言う)の時はおぼろげだったユーリとしての10年間の記憶も、それとなくはっきりとしてきた。
ただし、はっきりしたからと言って何か新しいことがあるわけでもない。
ユーリとして生まれたこの10年。俺は森の中の家で母さんとずっと過ごしていたというだけだ。
森の外のことは一切知らず、食べられる植物と怪我した時に使う薬。それと、おとぎ話以外にはこれといって目新しいことがあるわけではない。
ただただ、平和だった10年の記憶があるだけだ。
「まあ、だから何だって話だけどさ」
平和なのは良いことだ。外に出たいと思わないこともないけれど、かといってこの暮らしを手放したいとも思えない。
これは、サラリーマンとして生きてきた俺ではなく、今の俺――ユーリの意見だ。
母さんがいる。ガルガンチュアは……まあ、含めるけど。この二人がいてくれるからこそ、俺は今の暮らしに満足している。
「よーし、今日も山菜でも取りに行くか。それとも兎か?」
久々に肉料理が食べてきたくなった今日この頃。最近では魔法を使って兎を狩ることもしているので、山菜を取りに行くか迷いどころだ。
ただし。
「ユーリ。今日は少しお話があります」
朝の時間。いつもなら晩御飯のための食材を森に集めに行くところを、いつになく真面目な顔をした母さんが引き留めた。
「えっと……はい」
いつもとは違う雰囲気に思わず生前の俺が出てきてしまう。とにかく、リビングの椅子に座る母さんの正面の椅子に俺も座った。
「聞き分けがよくてえらいえらい。流石私の息子♪」
にこりと笑った母さんが、何時ものように俺を褒めてから話は始まった。
「ユーリは魔法の練習たくさん頑張ってるから、もういろんな魔法を使えるようになったよね」
「う、うん」
転生してから始まった魔法の練習を、俺は半年の間、毎日欠かさず行って来た。その理由は、ガルガンチュアに襲われて命の危機を感じた、からというのもあるけれど。
一番はやっぱり、楽しかったからだろう。
前世じゃ味わえない魔法という力。練習するたびに、それらを自由自在に使えるようになっていく感覚は、俺の好奇心を刺激した。
どこまで強くなれるんだろう、と。
「でも、魔法は危険な力です。それは、わかってるよね?」
母さんは、顔から笑みを消してそう言った。
それもそうだ。なんたって魔法は、簡単に生き物を殺せる力。強力だからと言って、無暗に振りかざせばそれは暴力と何ら変わらない悪となる。
事実、俺は一度火魔法の練習で失敗して、辺り一帯を焼け野原にしてしまったことがあったけれど……その時に巻き込んでしまった動物や植物は、灰となって消えてしまった。
あれが人間だったとしたら……ゾッとする。
「魔法を殺しのために使っちゃいけない……って、お母さんは言いたいんだけどね。でも、そんな甘いこともと言ってられないのが世の中だから。だから、一つだけ」
心して、俺は母さんの話を聞く。
「魔法を使って戦うのは最終手段。きっと、魔法を使わないと解決できないことなんてないから。人を殺さないと解決できないことがないように。話して、提案して、断られて、考えて。問題を解決するには、いろんな方法があると思う。だけど、魔法に頼るのは、どうにもならなくなった時だけにしてほしいの」
魔法は無暗に振るえば暴力になる。
そんなもの、獣と同じだ。
「私は、ユーリに簡単に暴力を振るう人になってほしくない。だから、約束してユーリ。この力は、人を殺すためのものじゃないって」
魔法は自分の身を守り、生活を豊かにするためのもの。
その力を人を傷つけるために振るうなんてもってのほか。
だから、俺は約束する。
「わかったよ、母さん」
どんな問題にぶち当たっても、どうしようもなくなった時だけしか、魔法の暴力に頼らないと。
「うん、ありがとねユーリ♪ 信じてるから」
「自慢の息子だからね」
「そう、ユーリはお母さんの自慢の息子。それじゃあ、話しは終わったから。ちなみにお母さんは今日はお魚が食べたいです」
「つ、釣りか……頑張ります……」
使える魔法じゃどうにかできない釣りには苦手意識の強い俺は、母さんのリクエストにうやむやな返事をしてから、逃げるように外へと食材取りに出かけた。
家の外で寝ているガルガンチュアに声をかけてから、森を目指して歩き出す。
その時、ふと後ろを振り返った。
母さんが手を振っている。
俺は手を振り返して、森へと歩いた。
――この日のことを、後悔しなかったことはない。
※―――
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