第2話 山菜と魔法


 どうやら転生してしまったらしい。と、いうのは俺の体を見れば明らかだ。


 白髪紅目の少年。それが今の俺である。


 年のころは10歳前後。そして何よりも特徴的なのは、頭に生えた一本角だ。しかも、右耳の上あたりに一本だけで、左側には生えていないというアンバランス。


 もちろん飾りじゃなくて、これは頭に繋がっている。取れるわけがない。


 これを見れば、ここが俺の生まれた地球の日本ではないことは明らかで、日本でなくとも地球じゃないことは明確だ。


「あ、おはようユーリ」

「お、おはよう……母さん……」


 そして俺には、母さんが居た。


 それ以前に、俺には地球で生きていた25年間の記憶と一緒に、この体で生きてきた10年の記憶があった。それが何を意味するのかは、俺を殺したコウキなる中学生のように異世界に明るくない俺にはわからないけれど。


 今の俺が、魔人族という種族であることはわかった。


 ただ、それ以上のことはわからない。なにしろ、子供ということもあって知識が少ないし、何よりも思い出せるほど記憶が鮮明じゃない。


 25年の記憶のせいか、10年の記憶があいまいだ。


 学生時代に覚えた勉強を思い出すぐらい難しい。


 それに、今の俺には考えている時間なんてなかった。


「ほら、朝の山菜取りに行くわよ~」

「う、うん」


 地球と同じように太陽が顔を見せる朝方。状況を理解しきれぬまま、母さんに言われるがままに、山菜取りに出かけることになったから。




 俺とは違う二本角の美人が母さんだった。おっとりとしていてのんびり屋。趣味はひなたぼっことガーデニング。


「今日もたくさん採れたわね~」

「母さんがたくさん見つけてくれたからね。働いてない分、俺が運ぶよ」

「そう? じゃあお言葉に甘えて、任せちゃおうかしら~」


 森の中に住んでいることもあってか、山菜取りは得意分野で、俺が食べられそうな野草を三つ見つけている間に、籠代わりに持ってきたお鍋一杯の山菜を母さんは見つけてきた。


 これが夕食となるのだけれど……その前に。


「えいっ」


 母さんがこちらを見ていないときに、思いっきり手を振ってみる。けれど、何も起こらない。前の人生で、死ぬ前に見たコウキのような雷が迸ることなんてなく、ただただ俺が腕を振っただけだ。


 あれがいったいなんだったのか。


 確か、あの後、この世界の人間らしく老人が何かを言っていた気がする。


「職業と異能……」


 ゲーム的に言うなら、何ができるのかを示す言葉なんだろうけど……生憎と就職活動にブラック企業勤めと三年はゲーム機にまともに触れていないこともあってよくわからない。


 ただ、あの雷が特別な力だということはわかる。例えば、彼の言っていたように、選ばれた人間だけが仕える特別な力。


 ……俺には。


 俺には、そんな力はないのだろうか。


「おーい、ユーリ。早く来なさい」

「あ、うん。ごめんごめん」


 まあ、あの時のことなんてどうでもいいか。少なくとも、俺は魔族であいつらは人間。種族が違うなら住むところも違うはずだし、今後一生関わることはないだろう。


 少なくとも、俺は今の生活に満足している(と記憶している)。


 苦労はあるけど、やりがいはある。なによりも朝になるよりも早く眠れる。元の世界も恋しいけれど、あのブラック企業に務めるよりも何倍もマシだ。


 ただ――


 ――ガウ


「……ガウ?」


 魔物さえでなければ、最高の環境なのだけれど。


 母さんの声に引かれて森の中を歩いていると、茂みの中から鳴き声と共に真っ白な体をした狼のような怪物が現れた。


 この怪物はただの狼ではない。魔物と呼ばれる狼だ。なにしろ、俺の知ってる地球の狼と比べて、倍以上の三メートル近い体格をしているのだから。


 更には魔物の口は10歳ぐらいの俺の体をひとのみに出来るほどに巨大で、今すぐペロリとされてしまいそう。というか、されかけている。


 歯並びのいい牙が視界一杯に広がって、おいしそうによだれを垂らす舌ベロが俺の顔を嘗めた。


「ぎゃあああああ!!」


 叫ぶ俺。死の淵に立たされた体は、全身を使って悲鳴を上げるが、どうしようもない。


 このまま三度目の死を遂げるのかと思われたその時だった――


「や~め~な~さ~い~!!!!」


 母さんののんびりした声と共に、空を焼き払うような業火が俺と魔物のすぐ横を通り抜けていったのは。


 目を丸くして驚く俺と魔物。今しがた俺が感じた死よりもはっきりとした脅威は、緑深い森の一部を灰に変えて道を作り出した。


 その道から、笑顔の母さんが現れて、言う。


「喧嘩はだめよ~」


 瞬間、目にもとまらぬ速さで魔物は逃げだした。もちろん俺は、何もすることもできずに立ち尽くす。


「まったくもう、ユーリったら」


 そんな俺に近づきながら、母さんは言う。


「あの程度の魔物、自分で追い払えるようにならなきゃ」

「あ、あの程度って……」

「ユーリだってお母さんの子供。つまりは魔人族なのよ」


 そう言いながら、母さんは俺の片角を触る。


「魔人族はね。世界で一番、魔法を上手く使える種族なんだから。だからこそ、早く使い方を覚えて、みんなと仲良くなれるように、ね」

「は、はい……」


 魔法、というのは先ほどの業火のことだろう。


 まるでミサイルのような炎は、地球で語られる魔法というよりも兵器に近い威力をしていて、母さんが言う通り最強の魔法なのだろう。


 けれども。


 俺にはあんなもの、一生かかっても使える気がしなかった。



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