第一章 世界樹の写し木 第6話

 背後に強烈な圧を感じながら必死に前へと足を回転させるが、時間が経つにつれて徐々に徐々に黒い波が近づいてくる。

 黒い波を成す蟻の集団は1体1体が黒光りした鎧のような甲殻をもち、その顎は人間など紙切れのように切り裂きそうな鋭さと強靭さをもっている。

 逃げ回っている最中にもソラが何度か魔術をくらわせたがビクともしていなかった。


 蟻はハングリーアントと呼ばれる2m前後の大きさを誇るアント種の魔物である。自身の身の丈を超える量の食事を取り、その食欲からハングリーアントの通った道には草木一本残らないと恐れられる凶悪な魔物として有名だが、最終的には食料不足から共食いを繰り返し、嬢王蟻が餓死することで絶滅を繰り返す種族である。


「相棒、今までありがとうな。お前の事は忘れないよ。」


「いや最後を悟って急に優しく語りかけるのやめてくれよ。」


「でも調子に乗ってアモンを顕現させてからまだ48時間経過してないだろ?」


 召喚の魔術は非常に強力で、時として世界の理を超越したような存在を顕現させることができる。ただそれには相応の対価を払う必要がある。下位の存在や権能譲渡ならば現在のソラでも魔力を消費するのみで済むが、アモンのような高位の存在を呼び出す際には魔力を消費するだけでは足りず、様々制約がついてまわる。

 前回ソラがアモンを呼び出した際には顕現時間の短縮と48時間の顕現術式のクールタイムを設けることで術式の発動を可能とした。


「そうなんだよね。とりあえず権能譲渡と魔技でなんとかしようと思う。」


「その甘さがお前の死因だな。」


「だから殺すなって。とりあえず次の分かれ道でやつらを反対方向に誘導するから見とけ。」


「はいはい」


 話を続けながら走り続け上り坂の頂点で十字路に差し掛かった。


「ちょうどいいな。

 権能譲渡。アムドゥシアスの全能。」


 ソラの右手の紋章が輝き、右手から全身へと緑色のオーラを身にまとった。


 そのまま後ろを振り向き右手を振るうと、向かって背後以外の通路全てにへ突風が巻き起こり、ついでとばかりにハングリーアント達の群れにつむじ風と眩い雷光が向かっていく。

 

 雷光を纏ったつむじ風が衝突すると一瞬だけ集団の勢いを止めるが、与えた影響はそれだけだった。ただその止まった瞬間を見逃さず、ソラは背後の道へ飛び込みと同時に右手を床につけた。すると通路の幹から淡い緑の光を発し、光の箇所から勢いよく木の枝や根が飛び出し、通路を一瞬で塞いでいった。


 しばらくの間、塞がれた通路の方へ真剣な表情を向けていたが、ハングリーアント達の起こす地響きが遠ざかっていったのを確認すると気の抜けた表情で安堵のため息を漏らした。


「なんとか、なったな。」


 息を乱しながらもホッとしたように呟く。


「木の根で塞いでも食い破って来そうな勢いだったのによく誤魔化せたな?」


右手からゴエティアの疑問の声が上がる。


 「やつら基本的には匂い、次点で視覚で追ってきていたみたいだからな。風の流れで匂いを誘導して、視認しにくい上り坂の頂点で道を塞いでしまえば姿を隠せるって作戦。ダメ押しの目くらましも叩き込んだからな。」



「へー。」

 

 どうだ。と、言わんばかりの表情で自慢げに自分の作戦を語るソラにゴエティアは呆れた返答を返しながらも、内心ではその機転の聞かせ方と魔術の運用に感心しており、今まで通り今回も無事に帰れそうだと安心するのであった。













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