第一章 世界樹の写し木 第5話

 上から一階層を眺めてみると、光虫や発光植物が夜空に映る星のように輝いており、二階層までの道中は悪くない時間だった。螺旋の幹を登り終わり、二階層目に入ってみると、一階層とは打って変わって、樹の内部をくりぬいたアリの巣のような形状になっていた。このエリアは洞穴状の幹の部分そのものが光を放っており、光源には困らないが、縦横3~4m程度の広さのため、複数の魔物と遭遇した際には対処に少し苦労しそうな広さとなっている。


「さっきまでと違って狭苦しくなったな。」


 ソラの右手から残念そうな声が響く。


「これはこれでダンジョンっぽくていいじゃないか。」


「そうかー?俺は広い方がいいけどな。ここでも道中は術式使わないつもりか?」


「そのつもり。やっぱ自力でできる能力を身につけておかないと人間ダメになるからな。」


 ダンジョンを初めとして、世の中には術式の使用を制限する手段が存在する。その際に対応できるよう、ソラは有事の時以外は術式を使わないよう心掛けている。迷わないようにマッピングをしながら歩いていると、通路の床にイチョウの葉のような足跡を見つける。腰を落として足跡を注意深く観察すると、大きさは成人男性の手のひらくらいのサイズで、足跡の中でも四か所鋭いものを刺したような跡が残り、等間隔で8列ほど並んでいるのが確認できた。


「この感じ、アント系の魔物が隊列を組んでいたみたいだな。」


「ってことは、ラウンドタイプのダンジョンだし、女王蟻がボスでさっきの人面樹みたいに眷属を自前で用意しているタイプね。」


「だな。ただこの狭さでアント系は勘弁してほしいな。」


「状況によってはこの通路全部埋め尽くす勢いでなだれ込んでくるぞ。」


 大量になだれ込んでくるアントに飲み込まれる未来を想像してソラは背筋に寒気を感じる。


「やっぱ術式使っておこうかな…」


「人間ダメになるんじゃないのか?」


「人生がダメになったら意味がないからな。」


 危機に対してあっという間の手のひら返しである。


「たしかアント系は視覚と嗅覚が知覚手段のメインで、匂いで仲間かを判断していたよな。」


「だからバラムの透明化じゃ対応できないし、一度遭遇する必要はあるが、オリアスの変身能力でやつらの姿に化けるのが一番じゃないか。その遭遇で問題が何も起きなければな。」


「不吉なこと言うなよ。とりあえず今は遭遇待ちで先に進むか。」


 こうして一抹の不安を抱えながら二階層も先に進んでいくのだが、世の中嫌な予感は的中するものである。


  




「だから不吉なことを言うなって言ったじゃねえかボケ!」


「不用意な行動をするお前の落ち度だマヌケ!」


 足跡を見つけて一時間後、通路を埋め尽くし、さながら黒い津波のような勢いでなだれ込んでくるアント達と、その先頭を口汚く罵り合いながら必死に逃げ惑うソラの姿があった。


 数分前のことである。


「おっ、宝箱じゃん」


 結局のところアント達とは遭遇せず、マッピングを続けながら歩き続けたのだが、その道中、技巧が凝らされ如何にもな雰囲気の宝箱が置いてあった。作りは木製で両手で抱えきれないほどの大きさである。


「やっぱり日頃の行いがいいと神様は見ててくれるもんだな。」


「お前のことを見てて来るのは悪魔だと思うがな。なによりも宝箱はこっからが肝心だし、今までの経験を思い出してみろよ。」


 ダンジョンにおける宝箱の起源はダンジョンの種類によって分かれる。もしもこれが宝物を守るためのダンジョンなら誰かが宝物を手に入れた時点でダンジョン内の宝物が存在しなくなるが、今回のように世界樹の恩恵を得ることが目的で作成されたものだと、ダンジョンが宝物を自動的に作成する機能が付与されている。ただし、作成される宝物の質を上げるため、宝箱はトラップとして生成される割合も大きい。一般的なダンジョンにおいてその確率は50%ほどである。

 そしてこの男がソロで見つけた宝箱のトラップ率は100%であった。


「いや、今回こそ行ける気がするんだ。信じてくれ相棒。」


「絶対やめたほうがいいぞ。いやむしろやめろ。」


「おいおい、お前が信じなくて誰が俺を信じるんだよ。この雄姿をその目に刻んでおけっ!」


「俺の目はお前の目なんだけどな。って待てよ!」


 静止の声に耳を傾けずにソラは勢いよく宝箱を開けた。すると宝箱から甲高い悲鳴のような声があがり、その口から紫色の強烈な匂いのする煙が噴出された。


「だから言っただろ!」


 宝箱に続き右手からも悲鳴のような声が上がった。その声に連動するように奥の通路から何か大量の存在が走り回るような地響きがこちらに向かって近づいてくる。


「神様のくそ野郎がっ!」


 そう言って迫りくる音の反対方向に向かってソラは走り出すのだった。

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