第一章 世界樹の写し木 第4話
轟音が響き渡り、あたりの発光植物が薙ぎ払われたことで周囲に暗闇が落ちる。しかし、瞬く間にダンジョンの力で植物が再生し、周囲に光が戻ってくる。
人面樹が目を細め周囲を確認すると前方から人影が確認できた。
「空間魔術かの。」
「惜しいね。ちょっと違う。」
根が降り下ろされたその奥から再び人面樹の前にソラが姿を現した。
「術式を発動させる隙は与えなかったつもりなのだがの。」
「そうだね。実際、俺にはなかったよ。俺にはね。」
「毎度毎度そうやって舐めてかかって俺に尻拭いさせるのは勘弁してくれよ。」
本来、術式を発動させるには本人が魔力を魔導書に流し、詠唱を行うのが術式発動の一連の流れとなる。しかし、意思を持つ魔導書であるゴエティアは配架されている状況に限り、ソラの魔力を用いて術式を発動することができる。
今回は召喚魔術の特性を応用し、ゴエティアがソラ自身を召喚することによって疑似的な空間転移を行い、攻撃を逃れたのだった。
「じゃが、同じ手が何度も使えると思わないほうがよいぞ。」
人面樹が苛立ちを露わにし、再度蜘蛛たちをソラへ向かわせた。それだけでは終わらず、今度は根の攻撃に加えて術式も使うようで詠唱を始めた。
「いったん落ち着いてくれよ。背中も強打したし、今度はこっちの番だ。あんたデカくて堅そうで魔術なしでは厳しそうだから、盛大にやらせてもらうよ。」
突如として人面樹は本来持ちえない寒気を感じ、詠唱していた口を閉じた、蜘蛛たちは唐突な気配の変化に足がすくんだ。
辺り一帯に突風のような圧力がかかると、周囲が一瞬で青く染まり、植物による優しい光を上書きした。
「顕現せよ。第7の柱アモン。」
いつの間にかソラの手に握られていた一冊の本に青い光が収縮していき、宙へと浮かんでいった。ソラの頭上を軽く超えるほどの高さにまで登ると、うって変わって赤い光が宿り、燃え盛る炎の様に激しく揺らめいている。
美しくも恐ろしい魔力の炎から、誰もが目を離すことができず、魂を奪われたかのように見つめている。
一際大きい揺らめきが起こると、周囲からあらゆる光が呑み込まれるように消え失せる。一瞬の暗闇と静寂が訪れると、静寂を切り裂くような轟音と共に火柱立ち上がり、一柱の悪魔がこの場に顕現した。
その身は狼そのものだが、背丈は5mほどに及び、全身を覆う漆黒の毛皮は身体から放たれる魔力の圧によって常に揺らいでいる。また揺らいでいるのは毛皮だけではなく、アモン周辺の空間も魔力によりノイズが走る様に歪んでいた。
尾には狼の顔と同様の、赤い瞳を携えた蛇を宿しており、その口元から赤い舌がチラチラと顔を出しながら、楽しそうに周囲を見渡している。
「我を人間界に呼び出すとは、相変わらず馬鹿げた魔力をしているな、小僧。」
地の底から響いてくるような声で狼の口から人間の言葉が発された。
「そりゃどうも。おかげさまでスッカラカンですよ。あんま持たないので後はお願いします。」
「調子のいい口だな。まあいい、役割はわかっている。貴様ら。我が視界から消え失せろ。」
あまりに突然の場の変化と強大な魔力の存在に呆然としている魔物たちに向け、アモンは鋭い牙が生えそろった口を大きく開いた。
「まっ…」
焦った人面樹が言葉を言い切る間もなく、アモンよりすべてを滅する焔の息吹が放たれた。
放射状に拡散して放たれた息吹は、巨大な人面樹の姿を余すところなく覆い尽くし、断末魔を上げる間も無く焼き尽くす。それでも余りある焔が周囲一帯を呑み込み、世界を赤で染め上げていった。
ある種の芸術のような美しさを持ったその赤は、見た目とは裏腹に尋常ではない魔力と熱を宿し、周辺の空間を歪ませるように輝いている。
「いつも思うけど、あんたら上位悪魔達にお願いすると文字通り跡形も残らないのどうにかならない?素材回収とか何もできないから実入りゼロになるのよ。」
燃え盛る焔を眺めながらソラが呟いてみるが、
「そう思うのならば貴様自身で解決するのだな。」
あっさりとした返答を返されて終わってしまう。
「では我が戻る。そうすれば我が焔も消えるゆえ、何も残っておらぬだろうが、あとは好きにするがいい。」
「そうですね。では気をつけてお帰りを。」
出現した時と逆の流れでアモンの全身が赤い光に包まれると、その身が収縮していき、一冊の本へとその姿を変容させた。
「アモンを呼び出すなんてな。あの魔物達、実際やばかっただろ?」
魔導書から声が響いてくる。
「ああ。正直あんなレベルの魔物が出現するなんて、危険度6どころじゃないだろ。権能移譲を主軸でやりあってたら負けてたね。」
戦闘中のため余裕のあるふりをしていたが、ゴエティアの煽りや、激しい連撃により、ソラの背中は冷や汗でびっしょりだった。
「多分だけど、道中ほかの魔物が存在しなかったことや人面樹の強さを考えると、このダンジョンはラウンドタイプのダンジョンだろ。」
ダンジョンには複数のタイプがあるが、ラウンドタイプと呼ばれるダンジョンは道中に魔物の配置を基本せず、俗に言われるボス部屋にのみ魔物を配置しているタイプだ。このタイプのダンジョンは魔物の数を制限することでボスの戦闘力を高める仕組みになっている。
「だからこそ素材は相当の価値があったと思うから何も残らないのが悔しい。」
愚痴を言いながら待つと、数分もしないうちに焔は収まっていった。ただアモンの焔の影響で植物は生えてこず、焔が消えた分、あたりは暗闇に包まれてしまった。
「顕現後なのにダンジョンの修復機能まで追い付かないのはちょっと予想外だな。」
「しばらく待つしかないんじゃないか?…ん?さっきの人面樹があったあたりに魔力を感じるぞ。」
その言葉の直後、小さな発光植物の芽が出てきた。また魔物の出現かとソラは一瞬構えたが、その芽は螺旋状にすごい勢いで成長し、あっという間に一階層の天井と思わしき場所まで到達した。
「これ、もしかして二階層への階段か。」
「なんかお洒落だな。こんな風に植物を伝って上に登っていく童話があったよな。」
「豆の木の話しな。一応緩やかだし歩いて登れるから、しがみついてた童話よりはマシだな。」
二階層はどうなっているのかと、ソラは期待を胸に螺旋状に成長した幹を登って行くのだった。
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