第一章 世界樹の写し木 第3話

 巨木の幹の内部はまるで異世界のようで、暗闇が支配する中、蛍や蝶のような光虫が飛び交っていた。それに加え、甲殻類のような光虫や発光植物が淡い光を放ち、幻想的な風景を作り出している。まるでデートスポットとして人気が出そうなほどの美しさだ。

 ソラはその光景に一瞬見とれたが、すぐに警戒を取り戻した。木の根や枝が迷路のように張り巡らされており、細部は把握しきれないが、都市一つをまるまる飲み込めるような広大な空間が広がっているのが分かる。

 光虫たちは清浄な空気と水がある地域でしか生存できないことから、この内部にもどこかに水源が存在することが想像できた。


「ここは本当に異世界みたいだな。」


 思わず感嘆の声を漏らしながらも進んでいく。ところどころ写真機を使って報告用の写真を撮っていくが、写真越しでもこの風景の美しさが伝わってくる。


「こんな光景、きっと別任務で外れてるライラあたりから恨めしい目で見られるぞ。」


「憂鬱になること言うなよ。帰ったらまたご機嫌取りの方法を考えないといけないな。」


 探求課は基本的に未開拓地を初めとした、安全か危険かも分からないところに探索で向かうのが基本となる。そのため4人1組で班を組み、安全性を高めた上で任務にあたるのだが、その内2人は特務課、戦闘課と掛け持ちしているため別任務で外しており、もう1人は行方不明という状況のため1人での任務となった。

 ライラはその3人の内の特務課に在籍している人物で、美しい光景を自分の目で見たいがために、特務課のエースでありながら探求課と掛け持ちをしている物好きである。

 

 そんなやり取りをしながら、迷路のように入り組んだ道中を進む。道中何度も道が別れたが、今回は術式ではなく自分の運を信じて拾った杖の倒れる方を選んでいく。

 しばらく進むと奥行きのある広がった空間に出た。その空間には光虫が存在しておらず、発光植物のみが光源となっているため、先の方がどうなっているのか、はっきりと見通すことができない。


「雰囲気があるなー。」


「相棒。この先何があるか予想しようぜ。俺は植物系の魔物で人面樹。」


「ありがちだな。俺は蜘蛛系の魔物でアラクネだと嬉しい。」


「相棒面の良い女には弱いんだからアラクネでたら死ぬんじゃねえか?。」


 気の抜けたような雑談を続けながら、足元の草木を踏み分け進んでいくと、この空間の中心で円形に発光植物が途切れる。

 ただ、周囲を囲うように存在している植物が照らす光から辛うじてその全容を確認することができた。


「まじか、ティアの予想的中かよ」


「いや、よく見てみろよ。アラクネではないがハッピーセットだな。」


 中央にはざっと20m以上の太さもがありそうなほどの大木が立ち、その木を正面から見据えると洞が人の顔を成すように並んでいた。予想通りの人面樹である。

 さらにその大木の枝葉には大きいものだと3mクラスはありそうな蜘蛛たちが取り付いており、爛々と赤く光る複眼がこちらに注目しているのがわかる。こちらは残念ながらアラクネではなかった。


「珍しい客人だな、ここに人間ごときがやってくるとは思わなかったぞ。」

 

 響きは重く、人間ならば老人のような威厳のある話し方で大木から声が聞こえてきた。


「なんだか爺臭い声が聞こえてくるな。爺の断末魔を聞くのも嫌だから黙っていてくれないかな。」


 威厳も何もかもを一切無視した返答がソラの右手から返された。


「お前出会い頭でびっくりするほどのワンツー打つじゃん。対人性能終わった人間だと勘違いされるからマジでやめてくれよ。」


「これから殺し殺されたりする存在と丁寧に会話してもしょうがないだろ」


 すると木々のざわめきが強くなり、人面樹につく蜘蛛たちからも甲高いうなり声が聞こえてくる。その音から怒りが伝わってくる。


「それもそうそだの。貴様らこそ黙って我らが養分となれ。」

 

 言い終わるが早いか蜘蛛たちが一斉に飛び出してきた。それと同時に周囲からも太い木の根が立ち上がりソラ達を叩き潰そうとしてくる。


「お前更年期のキレやすさをもっと考慮して話せよ。人面樹と会話できる機会なんてそうそうないし、ここのことだって色々聞きたかったのに。」


「まあまあ相棒。お前話し出すと長いし、長時間あんな大量の蜘蛛を視界にいれていたくなかったんだよ。」


「よりにもよって確信犯かよ。」

 

 会話が続いている間も周囲からの猛攻は止まらず、降り下ろしや薙ぎ払い、様々パターンの組み合わせで根が振るわれる。

 あたりは薄暗く、またその速さも目にも止まらぬとの表現が似合いそうだが、勢いとは裏腹に根はソラに届くことはなく、決して優雅とは言えない必死の動きだが、そのすべてを身を伏せ、飛び跳ね、紙一重で躱していく。


「ちょこまかと小賢しい人間め」


 人面樹の怒りの小言がつぶやかれる頃、蜘蛛たちもソラの元へと到達する。しかし蜘蛛たちはソラの予想とは異なり、飛び掛かってくることはなく、その身から粘着質の糸を木の根に向かって放出していく。


「あっこれやばいかも。」


 その様子をみてソラの頭に嫌な考えがよぎる。頭に血がのぼって振るわれる木の根で蜘蛛たちも潰されると想定していたが、存外蜘蛛たちは賢く、ふるわれる木の根に糸をつけることでこちらの動きを確実に止めようとしているようだった。

 案の定蜘蛛の糸付きの根が振るわれると避けきれず、左足が糸に絡まれ木の根と共に振り回されてしまう。


「うぐっ」


 勢いそのままに地面に叩きつけられ、一瞬息が止まる。それを見た人面樹は口角を歪ませ笑みを見せると、その瞬間を逃さぬように他の木の根がソラに向かって振るわれる。


「ティア。よろしく。」


木の根が叩く轟音が響き渡り、地面をたたき割った。

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