花咲け令嬢、咲かせじ世界樹

第23話 花咲け令嬢、咲かせじ世界樹

 ──放課後。

 ローンお姉様にメイクとコーディネートを手伝ってもらって、馬車で聖なる丘へ。

 学校でもずっとエクイテスさんと一緒だったけれど、本来のお仕えはこれから。

 わが身に纏うはメイド服……いえいえ、これは聖女の装束。

 この都市でただ一人、世界樹に仕える聖職者。

 そう言えば、エクイテスさんから拒絶されて枝で弾き飛ばされた子、お気の毒だったなぁ……。

 クラッラお姉様から膝を付かされたエクイテスさんも、お気の毒だけれど。

 ……あらっ?

 エクイテスさんが……人の姿ですでに待ってるわ。


「……リーデル」

「エクイテスさん、本日もよろしくお願いします。それから学校では、わが姉が大変失礼しました」

「あれならば、気にしていない。むしろいい経験ができたと思っている」

「そうなんですか?」

「ああ。世の樹木は、幹の内部を虫に食い荒らされて、朽ちることもある。わずかながらでもその痛みを感じられたのは、人間で言うところの『勉強』だろう」


 ああ……よかったぁ。

 クラッラお姉様のこと、怒ってないご様子。

 けれど本当に、お姉様のあの一撃が効いていたのね。

 その姉から……叩かれ蹴られて育ったわたしも、案外強いのかも──。


「……ところでリーデル。学校に株分けした世界樹は、枯らさなくていいのか?」

「あ……はいっ! 校長先生もあのまま鎮座を望まれていましたから、時々遊びに……あ、いえ。学びにいらしてくださいっ!」

「そうか。ならばそうさせてもらおう」


 ……そうなの。

 校庭の世界樹は、校長先生諸手を掲げて大歓迎。

 わたしたち姉妹を校長室へ呼び出して、こう言ったの──。


『いやー、きみたちスティングレー家のお嬢様方で、わたしの在任期間……いやいや、末永く校庭に鎮座してれるよう、お願いしてくれたまえ。さすればわが都立エクイテス南部学校は、世界樹を擁する稀有な学び舎となる。校区外からの越境入学も、保護者や卒業生からの寄付も増えるだろう。そうだ、校名を聖エクイテス本校へ改称するよう、都議会へ請願しよう!』


 ……だったし。

 クラッラお姉様も、こう──。


『我が物顔で校庭使ってた練兵科の連中、いいざまよねぇ! これからは街外れの、あの荒れた第二グラウンドまで毎日ランニングで往復! あはははっ!』


 犬猿の仲である練警科のクラッラお姉様は、おなかを抱えて大爆笑。

 そしてユンユも──。


『そうですか。書庫への立ち入り権限をいただけますか。であれば、協力は惜しみません』


 ……って、珍しく私欲丸出しの反応。

 この聖なる丘からも見える、わが校の敷地でそびえる株分けの世界樹……。

 きのうとはただ一カ所だけ異なる、丘の上からの風景。

 けれどそれは、大きな大きな違い。

 なぜなら、エクイテスさんはこの都市中へ株分けできることが判明したから。

 わたしへ会いに、当家の敷地へも株分けされたかもしれない。

 先手を打ってそれを防いだクラッラお姉様は……さすが。


「……リーデル。少し花開いたか?」

「……えっ? な、なんのことでしょう?」

「学校で見た姿より、わずかに艶やかに見える。夕暮れ近くから咲き始める花もあるが、おまえもその口か?」

「い、いえ……。それはきっと、家で化粧を施してきたゆえの印象でしょう。でも……褒めていただけて、うれしいです。あっ、けれど……このお化粧は、きのうもしていたんですよ?」

「……ふむ。きょうは人間の子どもの顔を、間近でたくさん見た。意外に千差万別……。それでリーデルの顔のわずかな変化にも、気づけるようになったのだろう」

「なるほど……。お勉強、ですか」


 見栄えの良さを、花開く……。

 植物ゆえの表現なんでしょうけれど、おしゃれで、ちょっとキザな言い回し。

 人間をたくさんお勉強されたとしても、その世界樹らしい感性は、そのままでいてほしい……かな。

 それに、書庫帰りのユンユが、こう言った──。


『……リーデル姉。世界樹へあまり、人間の感情を与えないでください。世界樹は繁殖期になると、花を咲かせるそうです。そのとき世界樹は、つがいとなる別の世界樹を求めて根を這わせます。世界樹の初恋……それはこの都市の、破滅のときなのです──』

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