第22話 落葉

「な……殴った! クラッラお姉様、躊躇なく……3発も!」

「4発です、リーデル姉。左右の拳で、2発ずつ」

「あらっ? そ……そうなの、ユンユ?」

「鼻っ柱、顎、鎖骨と肋骨の狭間、そして鳩尾みぞおち……。クラッラ姉はそれら急所へ、上から下にと拳を放ちました。いまの連撃を受けて立っていられる者は、練警科、練兵科ですら一人もいないでしょう」


 鼻っ柱……顎!

 顔面を殴りつけるなんて、いくら凶暴なクラッラお姉様でも、そんな……。

 ……………………。

 ……って、エクイテスさん、平然と立っている。

 体、少しも揺らいでいない。

 鼻血も出ていなければ、赤みを帯びているところすらない。

 クラッラお姉様が殴り掛かる前と変わらず、整ったお顔立ち。

 そこに崩れた形跡は、微塵もなし。

 一方のお姉様は……片眼をつむって歯を食いしばり、両手の指を広げて、痛そうに手首をぷらぷら──。


「つううぅ……! さすが世界樹。人の姿でも頑強ね」

「どうした? それで終わりか? キツツキのくちばしほども感じぬぞ?」

「へええぇ……挑発。人間臭いところもあるのね。ところでさ、それだけ頑丈なボディーだと、やっぱり虫食いされた経験もなかったり?」

「ああ。自我を得てからの数十万年、おのが体へ虫の侵入を許したことはない。それに俺の樹皮には、あらゆる虫が嫌う成分が含まれている」

「ナイス情報ありがと。つまり、内部は痛みに慣れてない……ってわけね。ふふっ」

「……なにっ?」


 クラッラお姉様が、手首のぷらぷらを止めて、不敵にニヤリ──。

 あのニヤつきは……勝機を秘めている笑顔っ!

 これまで観戦してきた武術の試合の数々……。

 お姉様があの笑顔を浮かべたときは、必ず勝利を収めてきた!

 お姉様、今度は踏み込まず、ゆっくりと前進して……。

 エクイテスさんの胸元へ、そっと右の掌を添えた。

 いったい……なにをする気なのっ!?


「…………はあっ!」


 ──トン……!


 お姉様の掌が、ほんの一瞬、エクイテスさんを……押した。

 いまのに……どういう意味が?

 ……えっ?

 ああっ……!

 エクイテスさんが……両目を大きく見開いたっ!


「ぐうっ!?」


 ──ゴッ!


 それから……片膝をついたっ!

 足で体を支えきれない……といった様子で、尻もちをつくような姿勢から崩れ落ちたっ!

 なっ……なにが起こったの!?


「ねえユンユ? いまクラッラお姉様がなにをしたか……わかるっ?」

「……発頸はっけい。それも……内頸ないけい。クラッラ姉、わたしたち妹にも内緒で、あのような秘術を会得していたとは……」

「あ、あのさ……ユンユ? 一番年が近いお姉さんにも、わかりやすーく説明してくれるかな~?」

「発頸は、全身の関節や神経を淀みなく連動させ、一点集中で衝撃を放出させる技術。そして内頸は、そのパワーを相手の体内で反響させる、超高等テクニックです。クラッラ姉は極度の集中……精神統一により、骨、筋肉、血管、神経すべてを連動させたのち、体中の末端から掌へと、細かな振動を一気に……一点へ集約させたのでしょう」

「……要するに?」

「世界樹の幹の内部で、その衝撃が拡散……からの乱反射。枝葉へと水分を送る道管に、深いダメージを負わせたと見るべきでしょう。人間に例えるならば、内出血でしょうか」

「ええええーっ!?」


 霊木たる世界樹へ、そのような無礼をはたらいて……大丈夫なの、お姉様っ!?

 けれど、でも……。

 世界樹の枝で首吊りをしようとしたわたしが、言える立場じゃ……ないわ。

 あっ……エクイテスさんが、よろよろと立ち上がった──。


「女……。いまの……は?」

「妹のユンユが、解説したとおりよ。付け加えるならば、アンタが数十万年間、体内を鍛えるトレーニングをサボってきたツケ……かしらね。ふふっ♪」

「なるほど……な。どうやら人間とは、俺の予想の外を行く生物のようだ……」


 クラッラお姉様が、片目を伏せてニヤリ。

 あれは勝利を確信したときの顔つき。

 そしてエクイテスさんの背後にある枝葉から、はらはらと……はらはらと、次から次へと葉が落ちていく……。


「ちなみにアンタ、わがスティングレー家の敷地内へ、いまのを容赦なくお見舞いするからね? リーデルへのストーキング、やめてよ?」

「く…………わかった。なるほど、この一戦……。おのが妹へと、雄を無闇に近づけさせぬための計略だったか……。心身ともに、強かな女だ」

「さあ、なんのこと? アタシはただ、強い奴と闘いたいだけの武闘派女よ? あはははっ!」


 ……えっ?

 クラッラお姉様、まさか……。

 わたしを、スティングレー家を、守るために……。

 強大な世界樹へ、挑んだというの?

 校庭へ世界樹の株分けが行われたのを見て……。

 わが家にも株分けが行われると案じ、敷地、建物、そしてわたしを守るために……勝負を挑ん……だの?

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