第19話 安穏

 ──キーンコーン……カーンコーン……♪

 午前就業の鐘が鳴って、昼休み。

 普段なら、皆が食堂へと向かう合図。

 お弁当持参の者も、食堂の厨房へ注文を取る者も、一様に食堂へ。

 ほかの都市では、お弁当持参の者は教室で飲食もするそうだけれど、わが都立エクイテス南部学校では、皆が揃って食堂でむのが校風、習わし。

 なのにきょうは、クラスの女子が多数、教室へ居残っている。

 ……ううん、ほかのクラスの女子さえも廊下に並び、教室内を覗き込んでいる。

 お目当ては、美青年にして聖なる世界樹、エクイテスさん──。


「あ、あの……世界樹様って、人間の食事も、召し上がりになられます?」

「よければわたしのお弁当、いかがですか? 毎朝日が昇る前に作っている、わたしの手作りなんですっ!」

「……フン! 手作りの素材寄せ集め弁当など汚らわしい。その点わたくしは、当家抱えの一流料理人が手掛けた、厳選された素材によるランチを持参しておりますわ」


 午前の授業が終わり、先生が教室をあとにするや否や……。

 お弁当勢の女子がこぞって、教室後ろに立つエクイテスさんを取り囲む。

 まあ……無理もなきこと。

 「寝取られ令嬢」の汚名に耐えられず、世界樹での自決を決意しての出会いだったからこそ、エクイテスさんの端正な容姿に惑わされなかったわたし。

 出会いがああでなければ、わたしもあの人だかりの中の、一人だったかも。

 エクイテスさんは棒立ちのまま、周囲の喧騒を気にも留めぬ様子。

 ……あっ、わたしと目が合った。


「……リーデル。いまは人間の食事どきのようだな」

「あ……はいっ。昼食の時間……ですね」

「決まった頃合いに安穏と養分を摂れるとは、人間とはなんと気楽な生き物なのだろうな……。われら植物は、天空の気まぐれで幾日も水に餓え、枯死させられ……。ときには長い雨季により、日の光を得られず、腐れ朽ちるというのに……」


 気持ち俯いたエクイテスさんの、生気のない表情。

 人間の授業を理解できず、退屈……。

 …………ううん。

 何十万年もそびえるエクイテスさんにとって、数時間の授業なんてほんの一瞬。

 その憂いの理由はきっと、学校中にいる思春期の生徒たち──。

 なんの苦労もなく、生き死にの闘争もしない新芽……若葉、それがわたしたち。

 双葉を広げたところでわたしたち人間に踏み潰され、あるいは夏枯れし、ときには長雨で腐る植物から見れば、この人間の学校は……異様なんだわ。

 とりあえず付き人のわたしが、いまはフォローを。

 女子による人垣をかき分けて、なんとかエクイテスさんの正面へ……っと!


「あ、あの……エクイテスさん? いまご覧いただいた授業の風景は、人の暮らしのほんの一端。食事を挟んだのち、人間の厳しい生き様の一面を、ご覧いただきたく思います」

「……ほう。人間の暮らしにも、野原のような厳しい生存競争があるか」

「はいっ! それはもう! アハッ……アハハハッ……」


 ……先ほど校長室で同席した、クラッラお姉様。

 その席で武闘派のお姉様は、恐ろしい物言いをした──。


『……リーデル。午後になったら上手いことあの世界樹野郎を、武道館へ呼んで。アタシが人間の力ってやつを、しっかり思い知らせてあげるから……あははっ!』


 イヤな予感しかしない。

 イヤな予感しかしない……。

 イヤな予感しかしない…………。

 けれどいまのエクイテスさんの口振りを聞くに、平々凡々、退屈な学校生活を見てもらうよりは、刺激的な経験をしてもらうほうがいいのかもしれない。

 マグロの頬肉の味で、新たな感覚を覚えていただいたように────。

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