第20話 はい、あーん(2度目)

 ──校内の中央棟1階にある食堂。

 木製の長机と、背もたれのない木製の丸椅子が整然と並ぶ、開けっ広げな施設。

 気の合う友人同士で固まり、陽気な雑談が飛び交う時間。

 普段なら──。


 ──ざわ……ざわ……。


 生徒はたくさんおれども、上がるのは小さなざわめきのみ。

 校庭側……東棟の教室と廊下の窓を抜け、中庭を横断し、中央棟へと伸びてきた世界樹の枝がいま、食堂の中央で葉を繫らせている。

 その葉の下の席にはエクイテスさん。

 そして向かいの席にはわたし、右隣にはユンユ。

 テーブルの上には、厨房にお願いして作っていただいたイワシのフライと総菜。


「ど、どうぞ……エクイテスさん。お魚がお好きなようなので、用意していただきました」

「ふむ……魚料理か」


 着席したエクイテスさんが、まじまじと皿のイワシのフライを見詰めてる。

 いまのうちに、ユンユへそっと耳打ち──。


「ねえユンユ、どう思う?」

「どうやら世界樹の人間態は、世界樹の一部が一定量そばにないと、顕現できないようですね」

「いえ、そこじゃなくって……。イワシっていわゆる下魚げざかなよね? マグロのあとにお出しして、大丈夫だったかしら……」

「マグロは100年ほど前まで、下魚とされていました。人間の価値観の変遷なぞ、長命の世界樹には関係のないところでしょう」

「そ……そうなの?」

「いまのように製氷業が盛んでない時代、マグロのような大魚は保存が効かず、漁師の賄い用でした。むしろイワシのほうが、積極的に肥料として活用されていたようです」

「へえ……さすがユンユ、物知りね。あっ……書庫で調べものしてたけれど、世界樹について新しいこと、わかった?」

「収穫はありました。ですが長くなりますので、またのちほど」

「う……うん。調べてくれて、ありがとう」


 長くなる……か。

 なにやら不穏な感じ。

 けれどいまエクイテスさんへお出ししているものに関しては、心配なさそう。

 でも、エクイテスさん……全然お料理に手をつけず──。


「あの、エクイテスさん? 召し上がらないのですか?」

「リーデルこそ、なぜ食べさせてくれぬ?」

「……えっ?」

「『はい、あーん』……というやつだ。あれが人間の、食事の作法なのだろう?」


 ──ざわわっ!


 ……はうっ!

 周囲から急にどよめきっ!

 なにやら勘違いをされてしまった予感っ!


「あ、あの……エクイテスさん? あのときは、人間の姿で初めての食事でしたので、手伝わせていただきましたが……。ここは人間の学び舎……学校です。せっかくですから、人間の食事の作法……というものを学ばれてみては、いかがでしょう?」

「それは聖なる丘で、二人っきりのときに頼む。霊木たる俺が、みっともない食事の姿を見せるわけにもいかぬだろう」


 ──ざわざわざわざわっ!


 あああぁ……ざわめきがいっそう強く──。

 エクイテスさんの「二人っきり」発言が、あんなことやこんなことまでレクチャーしているのでは……という、よからぬ妄想を掻き立てているのかも。

 これはある意味、寝取られ令嬢のときの白眼視よりも辛い……。


「リーデル、早く」

「あっ……は、はいっ! ただちに! はい、あーん……」

「あーん……はむっ……」


 ほぼほぼ全校生徒の前で、世界樹にして美青年のエクイテスさんへ、指で料理をつまんでの「あーん」。

 は……恥ずかしいっ!

 友達数人の前でなら、少しは優越感も湧いたでしょうけれど……。

 この衆人環視は、ちょっとした羞恥プレイ。

 それに……いらぬ嫉妬も買っている気がする……。


「もにゅもにゅ…………ふむ、美味しい。マグロよりも、口の中の刺激が強い。こちらのほうが、より好みだな」


 ほーっ……よかったぁ……。

 イワシのほうが、マグロよりずっとずっとお安いから……。

 ……ではなくって。

 エクイテスさんのお口に合ったのは、せめてもの救い…………えっ?


 ──ダダダダダダッ!


 なっ……なにっ!?

 見知らぬ女子が一人、こちらへ猛烈な勢いで駆けてくるっ!

 制服のデザイン的に、中等部の子──。


「せ……世界樹様っ! わたくし、イロス・カパレスと申しますっ! あなた様のことを、一目でお慕いしてしまいました! 何卒……何卒、同席をお許しくだ──」


 ──バシッ!


「きゃあーっ!?」


 あっ……。

 世界樹の枝がしなって、あの子弾き飛ばされた……。

 痛そう……大丈夫かな?


「いたっ……つうううぅ……。世界樹様っ、不躾だったことは謝りますが、女性への不意の暴力……あんまりではありませんかっ!?」

「娘、忘れるな。世界樹の周囲は聖域。俺が認めし者……リーデルしか、いまは接近を認めていない」

「そ……そんなぁ!」


 ──ザザザザザザザザッ!


 ……わっ!?

 枝葉がより繁って、生垣のようにわたしとユンユを取り囲んだっ!

 もしかしてこの枝葉の生垣は……結界?

 枝葉の内側が……聖域?


「さあリーデル、食事の続きを──」

「……すみません、世界樹様。リーデルの妹で、ユンユと申します。一つ、質問をよろしいでしょうか?」


 ……あらっ、ユンユが挙手で自己主張。

 控えめなこの子が、他者の会話へ割って入るなんて……珍しい。


「……なんだ?」

「リーデル姉とともにわたしも、枝葉へ囲まれましたが。これは、わたしも聖域へ立ち入る資格を得ている……と解釈して、よろしいでしょうか?」

「うーむ……まあ、いいだろう。リーデルの姉妹ならば」

「ありがとうございます」


 ──ガサッ……ガサガサッ……ガササッ!


「へえ~! リーデルの姉妹なら、アンタに干渉していいんだ。じゃあ姉のアタシも、遠慮なく近づいちゃおっかな~!」


 ええええーっ!?

 わたしたち囲ってる枝葉掻き分けて、クラッラお姉様現る──!

 しかも不敵な笑みで、両手の指を絡ませて、ボキボキ骨鳴らしてるーっ!


「食事終わったら、2階うえの武道場へ顔出してくれるぅ? かわいい妹が仕えるにふさわしい存在かどうか、腕試ししたいのよ。あはっ!」


 嘘々、絶対嘘っ!

 ユンユならともかく、わたしを散々武術の技の実験台にしてきたクラッラお姉様が、「わたしのために」なんてただの口実ーっ!

 絶対……世界樹という稀有な存在と、一戦交えたいだけーっ!

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