第13話 姉妹会議

 ──夜。


 リビングにパジャマ姿の4姉妹揃い踏み。

 日中のことは夕食の席で軽く話したけれど、お父様やお手伝いさん抜きの、姉妹会議開催。

 年頃の乙女同士でしか話せないこと、あるものね。


「それじゃあリーデルちゃん。お着替えとお化粧は、学校から帰ってきてからでいいのね?」

「はいっ! よろしくお願いしますっ、ローンお姉様!」

「けれど、ずっと……はダメよ? これもお勉強。リーデルちゃんもそろそろ、本格的にお化粧覚えてちょうだいね?」

「アハハハ……努力します」


 ソファーで隣に座っている、薄い桃色のネグリジェに身を包んだローンお姉様。

 学校を修了し、いまはお父様の秘書として仕事をこなす傍らで、わたしたちの母親役も続けてくれている──。

 けれどお姉様の言うとおり。

 世界樹へ仕えるのを機に、わたしも一人前の女性にならないと!


「でも、なーんかうさんくさいのよね、その世界樹野郎。リーデル、そいつイケメンなんでしょ?」

「え、ええ……クラッラお姉様。それはもう、絵に描いたような美青年です」


 クラッラお姉様は青い格子柄のパンツルックで、お父様の安楽椅子を揺らしてる。

 七分袖の両腕で自前のヘッドレスト作って、膝を重ねたいつもの姿勢。

 以前はよくローンお姉様から「お行儀悪い!」って、叱られていたけれど……。

 いいかげんローンお姉様も、匙を投げた様子。


「世界樹の声、アタシも聞いたから存在は疑わないけどさー。イケメンの姿で現れるっていうのが、引っ掛かるのよねぇ。あの世界樹って、大昔からあるわけじゃない?」

「そうですね」

「ジジイじゃん」

「……まあ、お爺さんですね」

「だったら、ジジイの姿で現れなきゃおかしいじゃん?」


 い、言われてみれば……確かに。

 クラッラお姉様は細かい疑問点にすぐ気づき、まず疑ってかかる。

 わたしは容姿端麗な殿方に、素直に見惚れてしまったけれど。

 あの姿が世界樹をそのまま人間にしたものだとは……確かに限らない。


「クラッラ姉。そのお考えは、少々短絡的かと」

「……あ? どこがよ、ユンユ?」


 テーブルを挟んで、向かいのソファーに腰掛けているユンユ。

 白いパンツルックのパジャマ姿に、ハードカバーの手帳と鉛筆を両手に。

 なにやらメモを取りながら、手帳から目を離さずに返答。


「この都市の世界樹は、一度も開花の記録がありません。つまり、まだ若い樹木だと考えられます。ゆえにリーデル姉と会っている世界樹の人間態が、青年であってもおかしくはありませんかと」

「ユンユ!? 話をするときは、ちゃんと相手の顔を見る!」

「時と場合によります。わたしはいま、筆先から目を離せぬもので」

「もぉ……かわいげのない」


 ……それは嘘。

 わたしたち3人の姉は、ユンユがかわいくて仕方がない。

 早産で、真っ赤な体の未熟児として生まれてきた末妹。

 いまは亡きお母様が、弱った体で頑張って産んだ大切な命。

 わたしたちは揺り篭の中の小さなユンユを囲んで、毎日毎日「大きくなあれ」と声を合わせた。

 ユンユが学校の小等部へ入ってからも、姉三人で代わる代わるボディーガードについて、見守ってきた。

 体が弱くてあまり外へ出られず、読書ばかりの日々だったから、教科書みたいな杓子定規に育ったきらいはあるけれど──。


「ところでリーデル姉。その世界樹の人間態は、マグロを美味しそうに食べていたそうですね」

「え、ええ……そうなの。お弁当、完食はしたのだけれど、マグロの頬肉が一番のお気に入りだったわ」

ぎょ……ですね」

「……ギョヒ?」

「魚類を用いた、有機質肥料です。食用に適さない部位を乾燥させて砕き、魚粉にしてほかの肥料と配合します。昔は生のまま、圃場ほじょうき込んでいたそうです」

「つまり植物は、お魚が好き……ってこと?」

「すべてではないと思いますが。世界樹には相性が良かったかと」

「「「へえぇ……」」」


 姉3人が揃って、ちょっと間の抜けた感嘆の吐息。

 まだ中等部なのに、末恐ろしい知識量と頭の回転の速さには、何度となく驚かされてきている。

 でも、ユンユの説明どおりなら、ひょっとすると──。


「わたしがエクイテスさん……世界樹と、お話しできたのって……。もしかすると、マグロ好き同士でウマが合った……から?」

「「ぷっ!」」


 姉二人の、同時の笑い。

 ローンお姉様は両手で口元を覆って、クラッラお姉様は唇を尖らせて。

 そう。

 わたしは姉妹の中で、こういう役回り。

 小説や演劇の、コメディリリーフ的な存在。


「……それです、リーデル姉」

「えっ、ユンユ? ……って?」

「今朝の質問です。天然、天真爛漫。そして、世界樹と親しくなれた天運……。リーデル姉を現す一言。それは……『天』です」

「へ、へぇ……。天……かぁ。天……ねぇ」


 褒められているような、そうでないような……ピンと来ない。

 天然って言われたし……。

 けれどまあ、「凡」よりはずっといいわよね。

 天かぁ……天、天……。

 うん、悪くないかも──。

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