第11話 はい、あーん

 ──お弁当箱の、包みを解く。

 長方形の、底浅めのお弁当箱。

 蓋を開けると、様々な大きさや形の窪みがある、金属製のプレート。

 その窪みに並ぶのは──。

 薄めにスライスした黒糖パン。

 お野菜兼デザートは、未カットのミニトマト2個。

 副菜は、干した野菜とカニ味噌の和え物。

 干し野菜がカニ味噌の水分を吸ってくれていて、汁こぼれなし。

 そしてメインのおかず、マグロの頬肉のステーキ……の、油炒め。

 パリッとした油で表面を覆って、味落ちを防いでいるお弁当仕様。

 そしてプレートの端には、フォークとナイフ──。


「さあ、どうぞ。お気に召すものから、まずは一口」

「……?」

「…………?」

「………………?」

「あ、あの……。お気に召しませんか?」

「気に入るもなにも……。人間の食事の仕方……というのが、わからん」


 あっ、そこからですか……。

 ……って、いえいえ。

 エクイテスさんは、そもそも世界樹。

 根っこから水分と栄養を吸収しているのだから、とまどって当然。

 いま目の前にある殿方の姿は、あくまでかりめのもの……。

 わたしだって、「足から栄養を摂取しろ」と言われても、困るわけで……はい。


「えっと……。それでは恐縮ながら、口を開けていただけますか? わたしがごはんを口の中へお運びしますので」

「口を……開ける。こうか?」


 人の姿の、エクイテスさんのお口の中……。

 整然と並ぶ白い歯。

 植物なのにちょっと動物じみた、鋭く尖った犬歯。

 真っ赤なきれいな舌。

 あう……容姿が整った殿方の口内を見るというのは、妙に官能的……。

 あの中へわたしが、食べ物を入れる……。

 ああっ……やっぱりなぜだか官能的!

 でもダメダメ。

 いまはそんな邪念を抱いている場合じゃない。

 それで、えっと……。

 植物が混ざっているものは、共食いっぽい感じがするから……避けたほうがいいかしら?

 となるとやはり、差し出すのはマグロの頬肉。

 ナイフで四つ切りにして、フォークで刺して、お口の中へ────。


「はい、あーん……」

「あ、あーん?」

「……………………」

「……ンッ! かはっ! げほっ……ごほっ!」


 わっ……エクイテスさんがむせたっ!

 まだお口に入れる前だっていうのに……!


「あ、あの……大丈夫ですかっ!?」

「ああ……大丈夫……だ……こほっ!」

「全然大丈夫じゃなさそうですけど……」

「どうやらわたしの、世界樹としての本能が……。それをわが身へ入れるのを、嫌った……ようだ」

「やっぱり……人間の料理は、お口に合いませんでしたかっ!? すみませんっ! あいすみませんっ!」

「……いや。合わなかったのは……そちらだ」


 ……えっ?

 そちら……って。


「……あっ! フォーク!」

「うむ……。人間が作った金属製の道具を、体に受け入れるというのは……。伐採を思い起こさせて、気分が悪くなるようだ」


 人間が作った、金属製の道具……。

 斧、のこぎりのみ……。

 な、なるほど……。

 フォークもまた、それらに通ずる形状。

 エクイテスさんが嫌がるのも、至極当然──。


「しっ……失礼しました! わたしの浅はかな思いつきで、不快な思いを……!」

「あ、いや……。その食べ物自体には、悪い気を起こさなかった。次はおまえの手で、食べさせてみてくれないか……?」

「えっ!? 手掴みで……ですかっ!?」

「無理か?」

「い、いえ……」


 無理じゃあ……ないですけどぉ……。

 男の人の口の中へ、指を入れるのって……。

 官能的の……その先の、行為のような……。

 で、でも……一度不快感を覚えさせてしまった以上は、挽回しないと……。

 いまむせたのとは違う魚肉の一片をつまんで、再度お口へ……。


「それでは、失礼して指にて。はい、あーん……」

「…………」


 恐る恐るエクイテスさんの口内へ、マグロの頬肉を一欠片ひとかけら

 置いたのち、逃げるように指を引っ込める。

 とりあえず、はなかったけれど……。

 ど、どうかしら?

 エクイテスさんの、第一声は……いかに?


 ──もにゅ……もにゅ……。


 んん……噛んでいるというよりも、舌と上天井で圧し潰してる感じの、口の動き。

 世界樹のエクイテスさんにとっては、舌が根っこに相当しているのかも……。

 歯で噛み砕くという発想、ないのかもしれない。


 ──もにゅ……ごきゅんっ!


 ……飲み込んだっ!

 そこそこ咀嚼そしゃくして、飲み込んだっ!

 吐き出さなかったということは……少なくとも摂取するに値したということっ!

 あとは……味の判定っ!

 美味しいか……不味いかっ!?

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