あなたに仕えます
第10話 マグロの頬肉
「あの……エクイテスさんっ! わたし……最低1カ月はあなたに仕えないと、まずいんですっ! どうか……どうか、このまま派出婦として雇ってくださいっ!」
「1カ月……。人間の暦でいうところ、日没30回……か?」
「は……はいっ! そうですっ!」
「ふむ……日没30回か。草花や虫が、交尾に勤しむ期間だが……。俺にしてみれば、ふと瞑想に耽った一瞬……」
1カ月……。
わたしにしてみればそれなりに長いけれど、数十万年も健在という世界樹にさんにしてみれば、ほんのわずかですよね!
中身スカスカの恋愛小説を、斜め読みするほどの時間……のはず!
どうか、どうか……その隙間時間で、わたしにお慈悲をっ!
「……わかった。それだけの時間ならば、惜しむ理由、俺にはない」
「あっ……ありがとうございますっ!」
……やったあ!
最低1カ月間は、世界樹さんのメイドでいられるっ!
実績としては、それで十分!
ううん……世界樹さんに1カ月仕えたリーデル・スティングレーの名は、この都市で永遠に語り継がれるのかもっ!
「……ところでリーデル。俺に仕えるとは、どのような行為を指すのか?」
「………は?」
「『は?』じゃない。俺に仕えたいと願っているのはおまえだ。どのように仕えたいのか、己から説明するのが筋だろう」
そ、それは……ごもっとも!
けれど相手は、数十万年前からそびえている巨大な世界樹!
朝、定時に起こしますとか……。
留守中、お部屋をお掃除しておきますとか……。
お召し物を、洗濯しておきますとか……。
そういうの、たぶん……。
いいえ絶対、通じないと思うんですけどーっ!
「え、ええと……あっ! 幹を毎日、ぐるっと一周お拭きいたしますっ!」
「断る。せっかく身に纏っている
「で、でしたらその……。周囲の雑草を、お抜きしますがっ!?」
「……雑草? それはおまえたち人間が、勝手に区分しているだけだろう。この世に雑な命は一つもない」
「ひえええぇ……すみませんっ、すみませんでしたっ! でしたらそのぉ……この辺りに散らばっている、落ち葉の掃き掃除でもぉ……」
「俺の葉は地に落ちて朽ち、微生物の糧となっている。それを掃除とは、どういう価値観だ?」
「ぎええぇーっ! 申し訳ありませんっ、申し訳ありませんっ! でしたら……せめて! わたしが持参した紅茶を……いかがですか? 当家の熟練料理人がブレンドしている、とっておきの茶葉の紅茶を、水筒に詰めてきておりますっ!」
「俺は天空からの雨水と、土中の微生物たちが育んでくれる土……。それ以外は、いっさい口にしない」
「そっ……それは大変な粗相をーっ! でしたらわたし、いますぐ、この場で、首を吊って自害いたしますっ!」
「話が最初へ戻っているのだが……」
「……はっ!?」
わ……わたしったら、焦りでなんて
せっかくエクイテスさんが、1カ月そばに置いてくださるというのに。
自分からその芽を……摘もうとしている。
「美」のローンお姉様……。
「武」のクラッラお姉様……。
「知」のユンユ……。
どうかわたしに、力を……知恵を…………!
「あ、あの……エクイテスさん? いまのそのお体で、わたしのお弁当を食してみてはいかがです?」
「……うん?」
「人間のお姿を創れるということは、人間の味覚……嗅覚も、備えておられるのではありませんか? 幸いきょうのわたしのお弁当は、当家でもめったに出ぬ珍品。ご長寿のエクイテスさんも、この機会に一度お試しになられてみては……と」
きょうのお弁当は、きのうの夕食の余り!
マグロの頬肉焼き少々……と、お惣菜の寄せ集め!
けれど植物のエクイテスさん、魚の味は……お初のはずっ!
わたしの大好物に……すべてを賭ける──!
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