第09話 三女・リーデル

 都市の中央で、枝葉を全方位に広げる世界樹。

 それがそびえる丘……聖域の麓へ。

 侵入者を監視している世界樹警邏隊の、木造の本部で馬車を降りる。

 警邏隊隊長へ面通しをしてから、一人で世界樹……エクイテスさんの元へ──。


「ふぅ……。この丘……登るのこんなにきつかったんだ……んふぅ……」


 いまさら気づいたけれどこの丘、結構な傾斜と距離。

 確か……頂まで300メートルほど……だったかしら。

 昨日登ったときは、死ぬことで頭がいっぱいで、気がついたら頂に立ってた。

 いまの疲れは……生きてるって証。

 この一歩一歩が、昨日で途切れずに済んだ、わたしの人生──。


「ふう……到着ぅ……」


 丘の頂上ピークは、円状の平らな一帯。

 そのほとんどが、世界樹が広げた枝葉で木陰になっている。

 幹へ近づくにつれて頭上の枝葉が濃くなり、木漏れ日が少なくなっていって……。

 朝日か夕日のかすかな光を頼りにしているであろう、背丈が低い草だけが地面に。

 ああ……ここ、いい風が吹いていて、涼しい……。

 幹の周囲360度から都市全体を見下ろせて、眺望も最高。

 ここを公園にできれば、絶好のデートスポットになるんだろうなぁ……。

 中にはここで、求婚をする殿方も……ウフフフッ♪


「──リーデル」


「わっ!? ひゃっ……はいっ!」


 世界樹の……エクイテスさんっ!

 昨日と同じ、人間のお姿で……!


「……ん? なにをそう驚いている?」

「だ……だれだって驚きますよ。後ろからいきなり声を掛けられれば」

「おまえが街ばかり見ていて、俺には背を向けっぱなし。後ろから声を掛けるしかあるまいに」


 あっ……。

 そう言われてみればわたし、エクイテスさんのお世話をしに来たのに、挨拶もせず景色に気を取られて……。


「お、仰るとおりですっ! 申し訳ありませんでしたっ!」

「まあ、別にいいがな。樹洞うろ一つない俺の幹を見ててもつまらんだろうし。リスからもよく『はいいが棲める木じゃない』と言われる」

「……はぁ。さしずめ、扉も窓もない大きな宿……でしょうか」

「フフッ……面白いことを言う。樹洞を棲み家にする動物から見れば、確かにな。おまけに食事も出さぬときている」

「……食事?」

「耳に覚えはないか? 俺は、花も実もつけぬ……と」

「あっ……はい、知ってます! 学校で小等部のころに習いましたっ!」


 この世界樹エクイテスは、いままで一度も開花や結実がない。

 観測の記録だけでなく、周辺の土壌からも、いっさいそれらの痕跡が発掘されていない……と。


「まあ花については、咲かせぬこともないのだがな。そのときがいつかは、俺自身にもわからない。そして男樹だんじゅゆえに、実はつけぬ」

「男樹……。おとこ……ですか。それでは……女樹めじゅもあったり、するのでしょうか?」

「……ほう、察しがいいな。だが、見知ったばかりのおまえに、話せることはもうない」

「あ……はいっ! すみませんでしたっ! 根掘り葉掘りとっ!」


 ううぅ……興味本位で、ついべらべらと無駄口を……。

 「根掘り葉掘り」も、世界樹さんを相手に失礼じゃなかったかしら。

 そう言えばわたしったら、正式なご挨拶も自己紹介もまだ……。

 まずは、そこから──。


「あ、えっと……。わたしは、世界樹都市南部の豪族、スティングレー家が三女。リーデル・スティングレーと申します」

「それはもう知っている」

「きょうからエクイテスさんの、身の回りの世話をさせていただきますっ! つたない身ではありますが、どうぞよろしくお願いいたしますっ!」

「あ、ああ……それか。それな……うん」


 微笑を浮かべていたエクイテスさんが、眉をひそめて横顔を見せ……。

 鼻の頭をポリポリと掻く。

 へえ……世界樹さんでも、ああいう人間っぽいしぐさするんだ……。

 それにしても……高くて形いい鼻、顎から首への贅肉皆無なシャープな線。

 女のわたしでも、うらやましいほど。

 そう言えばわたし、きのうの夕食二人分近く食べてしまったけれど……。

 顎の周り……たぷたぷしてないかしらっ?


「……リーデル。派出婦と言ったのは、おまえを警察から解放させるための、とっさの嘘でな。本当に世話係を欲したわけではない」

「えっ……?」

「まあ、端的に言うと……だ。もう帰っていいぞ。それから、もう来なくていい。お疲れさん」

「ええええーっ!?」


 確かにその可能性も、考えてはいましたけれど……。

 でも本当ですと困りますって!

 それだと世間の評判は、「初日で免職クビ」になってしまいます!

 「寝取られ令嬢」から、さらに下の下!

 最低1週間……いえ、1カ月は雇ってもらわないと──!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る