第008話 四女・ユンユ

 ──翌朝。

 きょうからわたしは、世界樹エクイテスさんの派出婦。

 通いのメイド。

 とはいえ、いったいいつまで、なにをすればいいのかは、まったくわからない。

 きのうのあの「宣言」は、わたしが犯罪者にならないよう、エクイテスさんがとっさに口走った方便かもしれない。

 けれどこの話が、都市中に広まっている以上……。

 きちんとした身なりで、エクイテスさんのお足元まで行かなければならない。

 ン……足元じゃなくって、根元?

 それにしても、ローンお姉様のコーディネート……完璧。

 新緑を思わせる萌黄色のホームドレス。

 木の幹を思わせるライトブラウンのタイツに、軽くて歩きやすいダークブラウンのローファー。

 うっすら緑がかったエプロンとレースの三角巾は、ショルダーバッグの中に。

 可愛すぎず、地味すぎずの、絶妙なバランス。

 ワンポイントの自己主張として、南天ナンテンの実のような赤いガラス玉つきイヤリング。

 そしてローンお姉様が施してくれた、完っ璧な薄化粧。

 口紅もチークも、地の血色の良さとしか思えない、自然な塩梅。

 ……でありながら、つるつるの高級な光沢。

 ああ……世界樹の丘へ上がる前に学校へ顔を出して、いつもよりちょっとすてきなわたしを見せたいっ!


「リーデルねえ、馬車が外で待っていますが?」


「えっ? あ……ユンユ?」


 玄関の姿見の端に映る、わが妹のユンユ。

 肖像画に描かれた曾祖母の輝く銀髪を、隔世遺伝とやらで受け継いだ末妹。

 肌はわたしたちより一際白く、その見た目の印象どおり静かで控えめ。

 小柄で、か細く、生まれながらの視力の悪さを補うための眼鏡。

 そんなか弱い印象のユンユだけれど、頭の良さは姉妹の中で一番。

 成績は常に中等部首位。

 直感キレッキレのクラッラお姉様でも、ユンユの知識量と地頭の良さには敵わず、言い負かされること多々。


「あっ……いま出るとこ、うん!」


「そうですか。世界樹へは、セントラル通りから向かうんですよね。途中まで相乗りしてもいいですか?」


「もちろんだけれど……どこか具合悪いの?」


「いえ。リーデル姉に、個人的にお話が」


「そ、そう……。じゃあ、出ましょうか」


 お話……。

 まさかユンユも、わたしの自殺に気づいて──。


 ──チリンチリン♪


 発車のベルを鳴らして、馬車が出る。

 二人掛けの天蓋車てんがいしゃに、ユンユと向き合って二人っきり。

 喜怒哀楽が薄いユンユの顔に、じっと見詰められると……。

 心を見透かされているように思えてくる。

 銀髪と白い肌、そして銀縁の眼鏡が、まるで鏡のようにわたしを映し出しているように見える──。


「……リーデル姉」


「なっ……なあに?」


「あの世界樹が、声を発したのは……。160年前の木材窃盗団事件以来だそうです。それ以前は、いかなる文献にも記載がありません」


「へえぇ……それは初耳ね。事件の話は、お父様からよく聞かされたけれど」


「窃盗団捕縛後の日の出前、世界樹がうっすらと『ありがとう』と声を発したとか。その声は薄く、か細く、ごく一部の人しか耳にできず、いまでは一部の文献に記されているのみ。もはや都市伝説の類になっているそうですが」


 一部の文献……かぁ。

 ユンユはいわゆる本の虫、活字依存症。

 うちの蔵書はおろか、学校、図書館の蔵書にもすべて目を通している……って話。

 血の繋がった姉のわたしですら信じられない、それこそ都市伝説だけれど……。


「その世界樹が、リーデル姉を派出婦に指名すると、高らかに宣言しました。これは極めて異例の事態で、かつ、当家にも関りがあるゆえと察します」


「そ、そうね……。あの事件を、恩義に感じているふうではあったけれど……」


「事は恐らく、リーデル姉のみならず、スティングレー家全体の問題。よって現時点で末代の、わたしたち四姉妹が総力を挙げて、取り組むべき案件かと」


「……へっ?」


のローン姉、のクラッラ姉……。そしてのわたしが、リーデル姉を支えます。困ったことあらば、包み隠さず打ち明けてください」


「そ……そうね。姉妹助け合っていかないと……ね。よろしくお願いよ、ユンユ? アハハハハッ……」


 ユンユは末妹ながら、こういう心配性なところがある。

 知恵が回るゆえに、姉たちを自分がサポートしようという、越権的なところが。

 まぁそこがまた、生意気盛りで可愛げもあるのだけれど……。

 いまの発言に、引っ掛かるところが……一つ。


「……ねえ、ユンユ? ローンお姉様が美。クラッラお姉様が武。そしてユンユが知なのは、わかるんだけれど……。ではわたしは……なぁに?」


「えっ?」


「わたしを一言で表す言葉って、なにかなぁ……って?」


「……………………」


 ……いやいやユンユ、沈黙長いっ!

 頭の回転爆速のあなたでも、わたしを称えるワード、出てこないわけっ!?


 ──チリンチリン♪


「……や、停車のベル。セントラル通り、到着ですね。失礼、リーデル姉。その回答は……帰宅後ということで。では」


 ──ガチャッ……バタンッ。


 あっ……馬車降りたっ!

 逃げたっ!

 眼鏡のブリッジをクイッてしながら、いそいそと逃げたっ!

 無垢なユンユはそういう、ずる賢いムーブ身に着けなくていいんだからもぉ!

 はいはい、自分でもわかってますって!

 わたしを象徴するワードは「凡」!

 凡人の「凡」ってことくらいはっ!

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