第007話 二女・クラッラ

 ──食後、自室。

 ああ……マグロの頬肉やっぱり最高。

 美味しかった……!

 表面をサッと炙った焼き加減も最高で、表面のカリッとした食感の奥から、旨味たっぷりの脂がジュワッ……と。

 あんな美味しいものがあるというのに、なぜわたしは死を選ぼうとしたのだろう。

 婚約者だって、「ローン嬢は競争倍率高すぎるから」って理由でわたしに回ってきた、お互いその気のない家柄だけの縁組。

 いま思えば、破談になってよかったんだわ。

 こういう自分の短絡的なところ、煽り耐性のなさ、あらためていかなくっちゃ。

 それを気づかせてくれた、マグロとワタリガニに幸あれ。

 ……なんて言いつつ、海の幸として食べちゃったけれど。

 わたしの血肉となってくれたあなたたちのためにも、精いっぱい生きていくわ!

 それにしても……ふぅ。

 元はと言えば、二女のクラッラお姉様が縁談を受けてくれれば──。


 ──ガンガンッ!


「リーデル、入るぞ」


 わわっ!

 噂をすれば……クラッラお姉様!

 しかも、ドアノッカーの音が乱暴気味!

 あれはクラッラお姉様の不機嫌度、5段階中の4の音!

 こちらの「どうぞ」を待たずに部屋へ入ってくるパターン!


 ──ガチャッ……バタンッ!


「リーデル、ちょっといい?」


 ……やっぱり、返事を待たず入ってきたぁ。

 クラッラお姉様──男勝りで勝ち気な当家の二女。

 恋愛、殿方にはまったく興味なし。

 お父様譲りの精悍な顔、うなじから先へは決して伸ばさない尻すぼみのショートヘアー、家でも外でもパンツルックのスレンダーボディーは、むしろ同性から人気。

 将来の夢は警察官で、学校の高等部では武術を専攻してる武闘派。

 そんなクラッラお姉様が、閉じたドアに背を預けて、腕を組んで足首を重ねる。

 あれは、お説教が終わるまで部屋から出さないぞのポーズ。

 不機嫌度……5寄りの4のポーズ。

 ベッドの縁に腰掛けてたわたしも、思わず立ち上がっちゃう威容──。


「あ……はい、なんでしょう?」


「納屋にあった麻縄がなくなってるんだけど、リーデル知らない?」


「……えっ?」


 ぎくっ!

 それならば素朴な花輪となって、いまわたしの化粧台の上にありますけど……。

 ううぅ……自殺用に持ち出したなんて、とても言えない……。


「い、いえ……知りませんけど? なにに使うんですの、お姉様?」


「縛るため」


「えっ…………」


「警察官登用の実技試験、捕縛術の練習用。ひょっとしていま、ゲスいこと想像した?」


「し……してませんっしてませんっ!」


 あの縄、クラッラお姉様のものだったとは……。

 知っていたら持ち出さなかったのに……。

 ……ううん、縄を手にしたとき、心がいっぱいいっぱいだったから。

 死んでしまえばクラッラお姉様の制裁なんて関係ない……って、なったはず。


「ふーん……そう。アタシはてっきり、世間の陰口に屈した妹が、世界樹で首吊ろうと持ち出したんじゃないか……って、思ったんだけど?」


 ぎくぎくっ!

 完璧な推理、見事な洞察力。

 そして……鋭い勘。

 クラッラお姉様は、とにかく勘が良くて、目端が利く。

 将来、どれほどの犯罪者をお縄にするんだろう。


「そ……そんなわけないですって、お姉様ぁ? アハッ……アハハハッ……」


「そう。それならいいんだけど。リーデルが変な気起こさないよう、あの縄捨てなきゃな……って思ってたから」


「……えっ?」


「先んじてだれかが捨ててくれたんなら、まあ結構」


 あー……これは完全に見透かされてる。

 食事のときは、「落ち込んだ腹いせに聖域へ入った」って説明したけれど。

 さすがクラッラお姉様は、すべてお見通し……かぁ。


「ローンねぇは大人気で、アタシはこんなんだからさ。三女のアンタによけいな苦労かけたな……って、悪く思ってたのよ。ゴメン」


「そ、そんなことありませんって!」


 お姉様の姿勢が、腕組みから腕枕へ。

 不機嫌度……3寄りの4へ下降。


「……ところで、世界樹の人間の姿ってどうなの? 美形?」


「えっ? 興味……あるんですか?」


「ない!」


 ……ですよねー。

 ここ何年もパーティードレス纏ってない、クラッラお姉様ですから。


「イケメンだったら、リーデルも変な気起こさないんじゃないかなって思って。ま、別の意味で変な気起こしそうだけど」


「もぉ……お姉様ったら。けれど……まあ、見た目は……かなりの美形でしたね。背も高くて、若いお姿で」


「だったら結構。でも、粗相はしないでよ? 犯罪者の家族は警察官に登用されない……って慣例あるんだから。アタシの夢、壊さないでよ?」


「そ、それはもう……。重々承知しています」


「ならばよし! 話はそれだけ、じゃあね!」


 ──ガチャッ……バタンッ!


 クラッラお姉様、何事もなく退室。

 ほっ……よかったぁ。

 話の流れ的に、ビンタの一発も覚悟してたけれど。

 でも……クラッラお姉様も、しっかりわたしのこと心配してくれてたんだ……。

 ……ううん、心配してないはずがない。

 それはお父様もローンお姉様も、妹のユンユも一緒。

 もう、自害なんて…………絶対考えない。

 そして世界樹の……エクイテスさんのお世話、しっかり務め上げてみせる────。

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