スティングレー家の女たち

第006話 長女・ローン

 ──帰宅。

 「寝取られ令嬢」で当家の名誉を傷つけ、きょうは聖域への不法侵入。

 エクイテスさんにフォローしてもらって、逮捕は免れたものの……。

 世界樹警邏隊へ自警団を派遣している歴史ある豪族、スティングレー家の娘が聖域へ踏み込んだのは紛れもない事実。

 ああ……足が重たい。

 門扉から玄関までが遠い。

 帰宅のベルの吊るし糸を引くのが……怖い。

 ドアの向こうには、警察官志望で正義感の塊なクラッラ姉さんが、怖い顔で待ち構えているに違いない。


 ──カランカラン♪


「……リーデル、ただいま帰りました」


 俯いてドアを開閉、屋敷へ入る。

 視線をちょっと上げたら、きっと大股を開いたクラッラ姉さんの両脚が──。

 ……って、あれっ?

 つま先と踵をきれいにくっつけた、屋内用のスリッパ。

 お日様のアップリケを着けた、あの桃色のスリッパは……。


「……ローン姉様?」


「お帰りなさい、リーデルちゃん。クスッ♪」


 よ、よかったぁ……。

 ローン姉様だったぁ……。

 いまは亡きお母様の血を一番濃く受け継いでいる、きれいで優しい誇れる長女。

 お母様に代わって、お父様の仕事を支えている頼もしい姉。

 輝くライトブラウンの巻き髪。

 初見の人でもすぐに心許させる、柔らかい笑み。

 長い脚と腕、細い長身、そして……豊満な胸。

 ゆえに「ぜひともわが妻に」という求婚の話は数知れず──。


「リーデルちゃん? 少し早いけれど、お夕飯の準備済ませてるの。このまま食堂へ来てくれる?」


「あ……はい。わかりました」


「お父様も含めてみんな揃ってるから、きょうの世界樹の件……じっくり聞かせてね。ウフフッ♪」


 うわ、家族会議。

 ううん……きっと家族裁判。

 せめてもの情けにと、最後に家族揃っての夕食をすませて……。

 そのあとわたしは絶縁を言い渡され、遠い辺境の土地にでも送られる……。

 ……きっとそう、そうに違いないっ!

 少女小説でいま流行の……追放令嬢!


「あ、あの……ローン姉様?」


「なあに、リーデルちゃん?」


「わ、わたし……どこへ追放されるんですかっ!?」


「……えっ?」


「知っているならば……先にこっそり教えてくださいっ! お姉様も知ってのとおり、わたし海のお魚が大好物ですから……。山奥の土地へ飛ばされると、ちょっと……いえかなりキツいんですけどっ!?」


「な、なにを言ってるのかしら……リーデルちゃん?」


「もしも追放先が山奥で……。生家の最後の夕食に海産物があるならば、じっくり味わって食べますから! そこだけ……そこだけ教えてください、ローンお姉様っ!」


「追放って……。話は飲み込めないけれど、今夜のメインディッシュはリーデルちゃんの大好物、マグロの頬肉ステーキ。それから前菜には、ワタリガニのカニ味噌も出ますわ。ウフフフッ♪」


 マ……マグロの頬肉ステーキっ!

 香ばしい脂身と、口の中でとろける食感が至高の……!

 そして、ちょっとしたほろ苦さと濃厚な旨味ペーストのマッチングが絶妙なワタリガニのカニ味噌……じゅるるっ……。

 ……って、口の中に涎溜め込んでる場合じゃない!

 どう考えても、追放する娘への最後の手向け……!

 この先一生口にすることないだろうから、しっかり、しっかり……味わわないと!


「リーデルちゃんが、世界樹に見初められた記念ですものねぇ。張り込みました」


「そうですか……。見捨てられる記念…………えっ?」


「クラール家との婚約が、例の使用人の件で解消されたのは残念でしたけれど……。さすがはわたくしの妹、世界樹に見初められるとは! 本来ならばあのクラール家との縁談は、わたくしが表立たねばならなかった話。日々、胸を痛めておりました」


 ……はい?

 わたしが……世界樹に……見初められた?


「世界樹エクイテスの守家もりけとなって12代。よもや世界樹の付き人を輩出できるとは、思いもしませんでした。お父様もたいそうお喜びです。ささ、早く食堂へ顔を出しましょう!」


「……………………」


 ……あれっ?

 もしかして……なにやらいい方向へ、話転んでます?

 世界樹の……付き人?


「お食事のあとでわたくしが、リーデルちゃんのメイド服をコーディネートしますわ。世界樹の幹と葉に合い、それでいて控えめな色合いの衣装を。お化粧と髪きも、リーデルちゃんが慣れるまではわたくしがするようお父様に命ぜられてますから。ウフフフッ♪」


 へえぇ……!

 これから毎日、ローンお姉様にメイクしてもらえるんだぁ。

 わたしも少しは、お姉様みたいな大人びた美人に……。

 ……………………。

 ……じゃなーいっ!

 なにやらこの事態、わたしの不安と真逆の方向でヤバくなってない!?

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