第003話 そして、いま──

「……あのぉ。どうしてわたしが、自殺するってわかったんですか?」


「その鞄の中から漂う、枯れた麻の匂い。頑丈なロープだろう? それを持った覇気のない人間が、重い足取りで丘を上がってくる。わかるなというほうが無理だ」


 年のころは、20代半ば。

 身長は、わたしより頭一個半ほど上。

 濃い緑の頭髪は、背後の世界樹が広げている葉と同じ色。

 細い顔、切れ長の目、高い鼻、尖った顎。

 端々に女性らしささえ感じてしまう、整った顔立ち。


「死にたければ勝手に死ね。だが、によって流れた血で、わが身をけがすことは許さん。街中でやれ」


「えっと、あの……」


 白いスーツの全身は、細身のようでいて……。

 首や手首の太さから見て、がっしりとした男らしい体つきを、服の下に隠してる。

 破談になった婚約者より、数倍魅力的な青年。

 不機嫌丸出しの、険しい表情を除けば──。


「大方、世界樹たる俺の体で果て、己の存在を世に残そうというのだろう。俺はそういうしみったれが、大嫌いなんだ」


「はあ……。その推察どおりでは、あるんですけど……。一つ、質問いいですか?」


「……なんだ?」


「あなたって……何者なんでしょう?」


 そう、そこは大いなる疑問、謎。

 世界樹の幹の中から、ポンッと美青年が放り出されてきた。

 その正体を知るまでは、自殺延期……かも。

 気になりすぎる。


「……俺は、世界樹のエクイテス。そこから説明が必要か?」


「はい。どう見ても、人間の殿方ですので……」


「だから、幹から人間の体を創るところを見せただろう。この体は、おまえと話しやすくするためにわざわざ作った人間態だ。人の体創るの、かなり疲れるんだぞ?」


「なるほど……。霊木と呼ばれる存在ともなると、そのような芸当ができるのですね。あっ、申し遅れました。わたし、リーデル・スティングレーと言います」


「いまから死ぬ奴の自己紹介などいらん…………って。あの古くから続く豪族の、スティングレー家の娘か?」


「はい。ご存じなんですか?」


「無論だ。俺はこの都市のことをよく知っている。俺の枝葉、根……街の緑。行き交う鳥、小動物、虫……。それらから少しずつ、情報を得ている」


 あっ……。

 なんだか急に、爽やかな微笑浮かべて、雑草に腰下ろした。

 話……長くなるのかな?

 ここまで登ってきて疲れちゃったし……隣に座っちゃお。

 ショルダーバッグをお尻に敷いて……っと。


「……スティングレー家は、永くに渡って俺によくしてくれている。特に160年前の、材木窃盗団の検挙には感謝しかない」


「曾祖父母の代ですね。世界樹の幹を輪切りにして売ろうと、夜中に忍び込んだ大規模な賊。それを、曾祖父率いる自警団が一斉捕縛。当家の誇りだと、父が幼少のころより話してくれてます!」


「だがその子孫が、自害で俺の体を穢そうとは、残念な話だ。そうは思わないか?」


 言われてみると……確かにそう。

 お父様、お母様。

 淑女のお手本のような、ローン姉さん。

 警察官志望の乱暴者、クラッラ姉さん。

 才女な妹、ユンユ。

 みんなに、汚名を着せることになる……。


「そうです……ね。言い訳でしかありませんけど、わたし、家族のことを考える余裕さえ、失っていました……」


「言い訳は必要ない。俺は自害を止める気はない。ただ、もし思い直してくれるのならば……。160年前の恩を、返せることになるかもな」


「わかり……ました。きょうのところは、一旦家へ帰ります。そして、家族の顔を見直して……みます」


「そうすることだ」


 ──ピピーッ!


「あっ……警笛っ! 世界樹けい隊に見つかっちゃった!」


 世界樹警邏隊。

 この丘の麓を交代制で巡回してる、警察と自警団。


「そう言えばおまえ……。どうやってここまで登ってきたんだ? 世界樹一帯は聖域で、監視が途切れないだろう?」


「そこは警察との連携がある、わがスティングレー家ならではと言いますか……。見回りの時刻とエリアを、お父様の書斎で盗み見して……。あっ……やばっ!」


 黒い制服の警察官が、三方から一人ずつ駆け上がってきてるっ!

 どうすればいいですか、エクイテスさんっ!?


「……って、いつの間にかいなーい!」


 消えてるっ!

 いまのいままで隣に座ってたのにぃ~!

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