1街:第21話 トリック・オア・トリート♡
鍔の広いとんがり帽子の下から溢れるような、愛らしいピンクブロンドの長い髪が、風に揺られ。
今まさにハロウィン・タウンから去ろうとしている旅人・アインとロゼを、小高い丘の上から眺めるのは――ハロウィン・タウンの魔女娘、トゥーナ。
「……………………」
追いかけるでもなく、別れの言葉をかけるでもなく、物言わず。
ただ、黙って見送ろうとする、その眼は。
明らかに、悔恨の色が、滲んでいて―――
『トゥーナ』
「! ……ママ……」
『我慢しなくて、いいのよ?』
「!!」
肖像画の母の言葉に、思わず勢いよく顔を上げたトゥーナ――だが、すぐさま俯き気味になって、覇気に欠ける声で返事する。
「なに言ってるのよ……別にイイってば。アタシ、ハロウィン・タウン、好きよ。パパとママが優しく支配して、どこか不思議で妙に自由な、この街が。アタシだって、手伝えるでしょ? これからも、変わりないわよ。……そ、それにさぁ、あんな変なヤツに付いてくなんて、苦労しそうだし! 〝本物の家族〟っていうのも、よく分かんないし――」
『あたくし、昔、旅をしててね』
「――へ? う、うん、それは知ってるけど……」
『パーパちゃんに出会うまでは、結構、荒れててね~……誰もが恐れる魔女だったわ。実はパーパちゃんのことも、出会ってから三回くらい殺しちゃったし★』
「ちょっと待って。その話、初めて聞いたんだけど」
『でもね。それでも彼は、あたくしを愛して……しつこいくらいに、接してくれた。そうして、家族になって、あなたを授かった……誰もが恐れる魔女は、たった一度の出会いのおかげで、変わったの』
「! ………………」
肖像画の貴婦人の口が、聖母のような微笑みを湛えながら、続けて放たれる言葉は。
『出会いは、人を変えるわ。もし、あの旅人さんと出会ったことで、あなたの心に何かが芽生えたなら。あなたの中で、叫ぶ何かがあるのなら。その声を、無視してはダメ。きっと一生、後悔するわよ』
「ママ……でも、アタシ……ハロウィン・タウンを、リリィを……守らないと」
『あらっ。あたくしやパーパちゃんは、そんなに頼りないかしら? リリィちゃんだって、いつまでも守られるだけの、か弱い子のまんまじゃないわ。あたくし達は、モンスター! と~っても恐ろしくて、強いんだから!』
「! …………っ」
肖像画の中から、軽快な魔法の笑い声を、母親が発すると。
―――異様な巨躯の父親も、音もさせずに現れて。
『――――――我が愛娘、トゥーナよ』
「! ……パパ……」
『……………………』
言いたいことは、色々とあるのかもしれない。
その巨大カボチャの顔面からは、読み取ることは難しいが。
ただ。
父・パーパ=パンプキンは、炎の瞳を揺らしつつ――ただ、一言。
『いつも心に――――トリック・オア・トリートを――――!』
「! …………ッ、パパッ!」
その言葉に、背を押されるように。
トゥーナは、今にも駆けだそうとしていた。
「ごめん、ごめんねっ……ありがとう! アタシ……行くわっ!」
小高い丘を、駆け下りるように。
飛ぶような軽快な足取りの娘を――カボチャの父と、肖像画の母は、微笑ましく見送る。
と、不意に途中で立ち止まったトゥーナが、振り返りながら大声で。
「あと、ごめんなさい――その〝いつも心にトリック・オア・トリートを〟ってやつ! 物心ついた頃から、ぜんっぜん意味わかんないって思ってた~~~っ!」
『ガガーーーーン!!? エエエエエいつから!?』
「1歳くらい!」
『物心つくの早ーーーッ!? さすがワガハイの娘! パーーーッパッパッパ!!』
『さすがあたくしの娘、天才ね~! マーーーッマッマッマ!!』
ハロウィン・モンスターの両親の、珍妙な笑い声が響く中。
その娘は―――ハロウィン・タウンの、魔女娘は。
異様に巨大な棺桶を背負う旅人・アインと、銀髪の美しきメイド・ロゼへと、飛ぶように駆けていき――!
「待ちなさーーーいっ! アンタ達だけじゃ頼りないから、このアタシ……ハロウィン・タウンの魔女娘が、しょーがなく付いてってあげるわ! アイン、ロゼっ……このアタシを、置いてくんじゃないわよーーーっ!」
「! トゥーナ……本当に、良いのだろうか? ハロウィン・タウンは……」
「フンだっ、パパとママは不死身で無敵なんだから、心配なんて野暮よっ。それにアンタ達だけじゃ、また行き倒れて今度こそ餓死しちゃうんじゃない? それはそれで夢見が悪いし、アタシのカボチャ料理なら――」
「ありがとう! トゥーナ! 本当に……本当の本当に! 助かる!!」
「今まで初めてってくらいのテンション! 喜ぶポイントが現金すぎんのよ! アタシが仲間になるってコトを喜べっつーのよ!」
「? もちろん、喜んでいる。本当に嬉しい、これからよろしくな、トゥーナ」
「うが。……ま、あ……それなら、イイけどぅ……うぐぅ。……ううう~っ」
「よろしくお願いします、トゥーナ様。今夜はパイとケーキを希望します」
「ああもお。……ああ~、もおっ! 分かったわよロゼ、もうヤケクソだわっ! パイでもケーキでもキッシュでも、何でもこんか~~いっ!」
「わー。パチパチパチ、とロゼは拍手いたします」
あっけらかんとしたアインと、このやり取り中ですら無表情のロゼに――早速、感情豊かなトゥーナの賑やかな声が響く。
そして、そんな彼らを見送っていた、リリィが。
「―――トゥーナちゃん、気をつけて、いってらっしゃい!
ロゼさん、また会いましょうねっ、待ってますから~っ!」
ひと際、大きな声で、叫ぶのは。
「アインさん―――トゥーナちゃんのこと、お願いします! そして……
次にお会いした時は、わたしも家族にしてくださいね~~~~っ!」
「―――了解した。リリィ、また会おう!」
「…………はいっ♡」
旅に別れは、付き物で。
けれど再会の予感は、紛れもなく。
出会いもまた、いつだって特別で、かけがえがない。
―――こうして、新たな仲間を。
トゥーナ=スクウォッシュ=ウィッチ・ガールを加えて。
「さあ、行くわよ―――トリック・オア・トリート♡
このハロウィン・タウンの魔女娘に、ついてきなさ~いっ!」
―――アイン達の旅は、続いていく―――
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