1街:第20話 別れの時

 ハロウィン・タウンからは、少し離れたリリィの家。

 そこから見える小高い丘の上には、支配者たるパンプキン・モンスター一家の住む屋敷が見える。


 アインは巨大棺桶を担ぎながら、小型パンプキン・モンスターによって現在進行形で修繕中の屋敷を眺めつつ、リリィへと語りかけた。


「リリィ……リリィ=フラワー・フェアリー。このハロウィン・タウンで、パンプキン・モンスターの庇護ひごを受け、モンスターでありつつ人のように暮らしていたのだな。街から少し離れているのは、花の妖精と他に悟られないためか」


「はい。マーマ=マジョリーナさまの案と、ご厚意で……それで、トゥーナちゃんとは小さな頃から、幼なじみのように過ごしてきたんです」


 言いつつ、花の少女あらため花の妖精リリィが、ワンピースの背の隙間から、魔法で隠していたのだろう妖精の羽を顕現けんげんさせる。ふわり、魔力の粉が舞い、花開くような可憐なデザインだ。


 小柄とはいえ、珍しい人間サイズで稀少な妖精種。特に花の妖精は〝花から生まれる〟というのだから、力が全てとまで言われるモンスターの世界では、庇護がなければ暮らしていけないだろう。


 そういう意味でも、伝説の魔女たるマーマ=マジョリーナの厚意は、適切で、何より優しいものだ――娘であるトゥーナは、母親に本当に良く似たらしい。


 さて、妖精の羽を再び隠し、ライトブラウンのセミロングが愛らしい少女は、照れくさそうにはにかみながら笑い――ぽつり、呟いた。


「アインさん、ロゼさん……もう、行っちゃうんですね」


「ああ。元々、長く滞在する予定はなかったし……俺とロゼは、旅人だからな」


「はい。……何だか一緒に過ごした時間が、短いようで、すごく長くて……わたし、本当に、楽しかったです。また……会えますか?」


「ああ。近くに来たら、必ず立ち寄る予定だ。また、リリィのカボチャ料理を食べたいし……リリィの顔が、見たいからな」


「! え、えへへ……はい、待ってますっ♪ あ、それじゃ、これ……んっ」


 リリィが、華奢な少女の両手を、何かを差し出すように前へ出すと――魔力が収束し、その小さな両手の中に、美しい花束が形成される。


 花の妖精・リリィを彷彿とさせる、可憐な白百合の花束を―――


「――お花、受け取ってくれますか? 花の妖精の魔力を籠めた、決して枯れぬ花――その棺桶を、飾れたら……わたし、嬉しいな、って」


「……! ほう、俺の大切な家族の入る、棺桶に……ありがとう、リリィ! 嬉しいな、コレは……ああ、本当に嬉しいぞ!」


「! ……え、えへ、えへへ……はいっ♡」


 感情の動きが鈍いアインにしては、本当に嬉しそうな、弾む声音こわねに――それを受けたリリィは、まさに花咲くような笑顔で返した。


 さて。

 そして、もう一人。


「それと。……トゥーナちゃんのことですけど」


「ああ。……そうだな」


 リリィに言われ、アインが思い出すのは。


 少し前に、トゥーナとわした対話について。



――――――――――――――――――――――――――――――


 モンスターの盗賊団を完全に壊滅させてから。

 アインは改めて、トゥーナに問いかけていた。


『トゥーナ。……トゥーナ=スクウォッシュ=ウィッチ・ガール。

 俺たちと一緒に、世界を旅しないか? 改めて、頼む。

 俺と、ロゼの―――〝本物の家族〟に、なってくれ』


『…………………………』


 沈黙。

 返事までに、長い時間を要したが。


 トゥーナの答えは――――



『―――――



――――――――――――――――――――――――――――――



 このハロウィン・タウンで、生まれ育ち。

 きっと、大切なものも沢山ある、トゥーナだ。


 アインはアインで納得しているのか、軽く笑いつつ言う。


「まあ、仕方ないさ。むしろ当然と思うし。いきなり現れた旅人に、付いてくるというのもな。残念だが、本人の幸せが一番で―――」


「えっ?」


「ん? ……リリィ?」


「あっ。えー、と……まあ、それは。……だと思いますよ?」


「???」


 トゥーナと付き合いの長いリリィだからこそ、分かることもあるのだろうか。

 対するアインには、さっぱり分からないようだが。


 と、ここで話は変わり。

 少しばかり変化があった、ハロウィン・タウンについて、アインは言及する。


「ところで……色々と大変なコトはあったが、この街の住民はたくましいな。まあパンプキン一家が住居や食べ物も、あっという間に出してくれるからだろうが」


「あ、はいっ。まあ、毎日がハロウィンのお祭りみたいな雰囲気ですし……事件にも、慣れてますからっ。家、燃やされちゃう人もいますし、フフッ!」


「フッ、そうだな。……まあ、あれだけ派手に外部からの盗賊団に襲われて、それを支配者が自ら撃退したのだし、暫くパンプキン・モンスターの支配は安泰あんたいだろうな。住民も意識を変えて、感謝しながら守られるはずさ」


「そ、そうですよねっ。……あ、意識が変わった……といえば」


 嬉しそうだったリリィが一転、微妙な顔をしつつ、偶然に通りかかった人物――に、言及した。


「自称・オシャレおじさん……改め、フルアーマーおじさんとか……」


「ああ、モンスターに殴られたトラウマで、鎧を着こまないと安心できなくなったんだったか。まあ、治安が良くなってイイんじゃないか?」


「で……ですねっ。それに案外、兵士さんみたいで頼りになるかも――」


『モンスターめっちゃ怖い!!』


「なんか……言ってますけど……」


(頼りにはならなそうだな)


 ダメっぽいな、と諦めも入ってしまうが。


 まあ頼りに、という話なら、・盗賊団とでも呼ぶべきか。


『ふう……おっ、のんびりオークさん、ちょいとこの荷を運んでくんねぇか?』


『ん~……』


『おお、やっぱ力持ちだな、あんがとよ! カボチャの荷運びが終わったら、メシにすっか!』


『ん~。ごはん、くう』


 大半の盗賊団は魔女娘の魔法によって、地の果てまで容赦なくブッ飛ばしたものの――更生の余地ありと見たモンスターは、ハロウィン・タウンで世話になっているのだとか。


 少なくとも、パンプキン・モンスターの目が光っている以上、悪事など不可能。心配は無用らしい。


 こうして、旅人アインが滞在していた短い間に、変化を迎えたハロウィン・タウンに。


 アインは、忠実なるメイド・ロゼを伴い――背を向けて。


「では、そろそろな。……リリィ」


「……はい、アインさん」


 今、別れの時を迎えようとしている、二人を。


 小高い丘の上から。


「………………………………」


 ハロウィン・タウンの魔女娘が、静かに見つめていた。

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