1街:第19話 ハロウィン・タウンの魔女娘!

 さて、酒場内の盗賊団は、そのことごとくが倒れ伏し。

 今まさにボスたる黒鬼も、屋外までブッ飛ばされて。


 ロゼに庇われていたリリィと、そしてトゥーナに、アインは歩み寄りつつ声をかけた。


「リリィ、帰りが遅かったから、心配したぞ。何やら大変だったようだが……大丈夫か? 怪我なんてしていないな?」


「ぁ……はいっ、トゥーナちゃんがずっと、庇っててくれましたからっ。あの、アインさん……助けにきてくれて、ありがとうございますっ」


「いや全然、大したコトは出来ないから、まあコレくらいは。……トゥーナも、災難だったな。ああ、魔力封じの紋を刻んだ枷か……辛かったろう、どれどれ」


「あ、うん……って、別にコレくらい平気ですけどっ。でも、その、アリガト……あ、そうよ、この足枷! ついでじゃないけど、鍵を探して――」


「ふんっ。……ん? どうした、引きちぎったが、何か言ったか?」


「それ鋼鉄とかだったと思うんだけど」


 軽めに、あっさりと引きちぎる、自称・ただの人間の、ただの旅人だった。


 さて、それはそれ、救出劇も終わったことだし。


 ふらつくリリィにロゼが肩を貸し、アイン達が上半分の消失した酒場を出ると。

 プライドの高いトゥーナは自分の足で歩き、けれど呆気にとられた声を発する。


「は? ……あれ、さっきの黒鬼は……え? ……アレ、なに?」


 黒鬼が倒れているはずの場所に、その姿は無い。

 代わりに、倒れ伏しているのは。


 どう見ても、小鬼ゴブリン程度の大きさ――それを見て、アインは。


「あれが、黒鬼の正体だろう――黒鬼の姿は、あくまでも《叡智の結晶》が力を肥大化させた結果。そう、確かあのモンスターの名は、東の国の………餓鬼がき


『ッ。……ヒッ、ヒイイッ……』


 正体の露見した盗賊団のボス――そう認められるか定かでないが、餓鬼がアインに恐れおののく。

 それにも気を留めず、アインが拾い上げたのは、ノートの切れ端に似た一枚の紙。


「《叡智の結晶》は、モノによって形が違う。時に石、時に枝――これはページのような形だな。賢者の遺産としては、なかなか気が利いている」


「……そんな小さく見えるモノが、あの餓鬼とかいう小鬼を、黒鬼なんてのに変えちゃったの? そりゃ確かに……とんでもない話ね」


 率直な感想をトゥーナが口にする横で、今までモンスターの腹の中にあった割に破損も見当たらない《叡智の結晶》を、アインは何やら鉄製の容器に仕舞いこみ。


 その直後、酒場を取り囲むように――まだ外にいた盗賊団の群れが、アイン達を遠巻きに睨む。


『……オ、オイ、出てきやがったぞ……』

『あの野郎、ナメた真似しやがって……こんな体たらく、ボスに知られたら、おれらどうなるか……』

『ボスの姿が見えねぇが……なおのこと、今の内だ! 数はコッチが圧倒してんだ、物量で押し潰してやるぜ!』


『……ヒッ、ヒイイッ』


 まだ盗賊団のボスたる黒鬼が敗れたことを知らず、こそこそと逃げる餓鬼がボスの正体とも知らぬのだろう、盗賊団の残党たちが。

 異様な雰囲気で目をギラつかせると――リリィは怯え、アインにしがみついた。


「ふえっ……あ、アインさん、まだ盗賊が、あんなに……」


「ああ。……まあ、特に心配はいらないだろう」


「えっ……あ、それって、アインさんと、ロゼさんがいるから――」


「いや。最後に、この街を守るべきなのは……支配者たるモンスターだろうさ」


「! トゥーナちゃん―――」



「えっ?」


 言いながら、アインが顔を上げ。

 リリィがそれに釣られ、天を見上げると。


『よし、行くぞっ……盗賊団のクソ根性、見せてやらぁぁぁ!!』

『『『ウオオオオオオオオッ!!!』』』


 今にもアイン達に飛び掛からんとしている、モンスターの群れの真っ只中に。


 ――――は、舞い降りた。



『――――――――!!』


『『『えっ………ギョエエエエエエエッ!?』』』



 それなるは、まさしく。


 仰々ぎょうぎょうしいマントをひるがえす、だいの大人の数人分ほどは優にある、巨人の如き巨体!

 その巨体に対してすら、アンバランスなほどに巨大な頭部は――カチ割られた頭部を、に修繕したような痕跡が、むしろおどろおどろしい!


 カボチャを目と口の型にくり抜いたかのような、異形の顔面に―――

 本来なら空洞くうどうたる眼孔がんこう部分に、禍々まがまがしい炎を灯しつつ、名乗りを上げる――!



! ワガハイこそは、ハロウィン・モンスター!

 ハロウィン・タウンを支配せし―――パーパ=パンプキンなり!

 ワガハイの支配下たるタウンで、良くも好き放題に暴れてくれたもの!

 れ者どもめ、もはや悪戯トリックでは済まさぬぞ――!』



『ヒッ……ヒイイイッ!? アイツなんでっ、ボスに頭カチ割られたハズじゃ!?』

『な、なんで無事なんだよ……も、モンスターっ……このっ、モンスタァァァ!』


 おまえが言うな、と返したくもなるが――と、今もアインにしがみついている状態の、リリィいわく。


「おまえが言うな、ってかんじですよねぇ……あっわたしったら、乱暴な口をっ」


「やっぱりリリィ、よね。……まあ、ハロウィン・モンスターはモンスターの中でも高位の力を持つ。ジャック・オ・ランターン……悪魔とも、精霊とも伝わる、特別な存在。カボチャの頭をカチ割った程度で出来るなら、苦労などしないだろうさ。……それに、この街には」


 パンプキン・モンスターの威容に、既に後ずさりし始めている、盗賊団へ向けて。

 、と。

 

 舞い降りてきたのは――――


『―――トリック・オア・トリィ~~~トッ★』


『ヒエッ……イィヤァァァァ! オカワリ、イッヤァァァァ!!』


 つんざくようなモンスターの悲鳴を浴びる、その存在は人の身ならず!

 盗賊に荒らされた屋敷で、されど燃やしきれぬほどに巨大な――貴婦人の肖像画が、口元を歪めて魔法の声を放つ!


 人ならざりしモンスターと呼ばれるほどの魔力は、死後もむしろ盛んに!

 巨体のパーパ=パンプキンと並んでさえ遜色そんしょくない、巨大な肖像画に魂を宿す彼女は、高らかに名乗りを上げる―――!!



! 恐るべき魔女に恐怖し、ひれ伏しなさい!

 かつて魔法で世界を滅ぼしかけ、体を失いはしたが!

 我が魔力は魂に宿り、絵画の中に生き続け、ハロウィン・タウンに君臨する!

 伝説の魔女―――マーマ=マジョリーナですわっ! マーッマッマッマ!』



『ヒッ……ヒイイイッ!? こっコイツまで来るのかよ!?』

『意味分かんねぇ! もう、もう無理だ……限界だ、おれは!』

『おれだって、やってられっか! にっ……逃げろぉぉぉ!』


 ボスの統制もなく、あからさまな劣勢を見せつけられれば。

 恥も外聞もなく背を見せ、逃げ始めるのも、無法者らしい動き。


 ―――さて。

 をつけるべき、その時に。


 トゥーナが一歩、前に出て。


「―――アイン、ロゼ、色々ありがと。後は、アタシに……ううん、アタシ達、ハロウィン・モンスターに、任せて」


「……ああ、元よりそのつもりだ」


「ふふっ……ホント、ありがとね! それじゃ、遅ればせながら……アタシの力、見せたげるわ!」


 言いながら、トゥーナが身をひるがえすと――ぼんっ、と彼女の体をカボチャ色の煙が覆い、次に姿を現した時には、拘束されていた時の姿はどこにもなく。


 コスチュームチェンジしたかのように――華やかなる魔女娘ウィッチ・ガールの衣装で、カボチャのステッキを振りかざし!


「アタシこそ、パンプキン・モンスター、パーパ=パンプキンを父に持ち!

 伝説たる魔女、マーマ=マジョリーナを母とし、その血を色濃く受け継ぐ者!

 ハロウィン・タウンを支配せし―――ハロウィン・タウンの魔女娘!

 トゥーナ=スクウォッシュ=ウィッチ・ガール!!」


 その可憐なまでに華奢な躰を、けれど巨体のパーパ=パンプキンや、巨大な肖像画のマーマ=マジョリーナにも負けぬほど、膨大な魔力を渦巻かせて。


 駆け、逃げ去るモンスター達の先――餓鬼までもを、射程に捉えて。


『ヒイッ、ヒイイッ……ヒイッ!? ナ、ナンデ、他ノ連中、コッチ逃ゲル……コ、コッチ、来ルナ! ヒイイッ!?』


『!? なんか前にいるぞ、あんなヤツ仲間にいたか!?』

『知らねーよ! つかまとまってねーで、別のトコ逃げろよ! 走り辛いだろ!』

『し、仕方ねーだろ! でけぇカボチャと絵に邪魔されて、コッチにしか逃げられねぇんだから―――あっ』


 それが誘導された結果だと示すように。

 カボチャと肖像画の顔が、禍々しく、ニタリと笑みを浮かべ。


 ひとまとめにされるように、集まってしまった、盗賊団の残党たちへ。

 収束していく魔女娘の膨大な魔力は――巨大なカボチャを、模っていた。


 それが、無数に――盗賊団の大勢のモンスターにも負けぬほど、無数に。

 魔法のカボチャたちが、取り囲んでしまうと――!



「―――《大南瓜の百花爆弾パンプキン・スクウォッシュ・ボム》―――


 さて、長らく続いたハロウィンのお祭りは、これにておしまい。

 どうか皆々様、支配者たる魔女娘の名において―――ご唱和しょうわください」



 ハロウィン・タウンを支配するモンスターと、その街に住まう者。

 パーパ=パンプキンが、マーマ=マジョリーナが。

 リリィ=フラワー・フェアリーが。


 そして祭りに参加の旅人さん。

 アイン=シュタイン=フランケン―――否、ただの旅人アインが。

 ロゼ=ザ・ゼロが。


 ハロウィン・タウンの魔女娘の合図に、呼応こおうして。


 締めくくりに花火を打ち上げるかの如く、声を揃え、叫ぶのは!


 知る人ぞ知る! このハロウィン・タウンの、合言葉――!!



『『『『『『――――トリック・オア・トリート――――!!』』』』』』

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