1街:第18話 《叡智の結晶》

 のそり、酒場の奥から姿を見せた、異様な巨躯きょくが。

 目深まぶかにかぶったフードを、ずるり、ぎ取るように投げ去ると。


 あらわになったのは―――漆黒の肌と、肥大化したような角を持つ、モンスター。


 見た目は、オーガに近い……が、どうも違うらしいと、アインが推測した。


「オーガ……に近いが、この辺のモンスターではないな。確か東の島国には、この世界で数少ない〝人間が支配する国〟がある。〝サムライ〟、とかいう者達だ。その辺りに棲息するモンスター、……いや、確か。

〝鬼〟――――色合いから見て、いわば〝黒鬼〟とでも呼ぶべきか」


 圧倒的な体格、異形いぎょうの風貌を前にしても、アインは物怖ものおじしない――が。


『―――死ネ』


「…………っ!」


 盗賊団のボスたる黒鬼とて、お飾りではないのだと――証明せんばかりに、アインに向けて、重々しい金棒を振り抜いた。


 その一撃を喰らうアインは、腕で受けはしたものの、苦悶に顔を歪める。当然だ、いくら人間離れした腕力を持っていても、人間である以上、苦痛は避けられない。


 それも相手が、モンスターで――無法の盗賊団の長ともなれば、なおさら。

 むしろ今も立っているだけで、大したものだ。普通なら、喰らうのがモンスターであっても無事では済まず、叩き潰されているはず。


 だが、ただでさえ敵である黒鬼に、アインへの尊重リスペクトなどあるはずもなく……いや、もはや虚無的に、狂気的に、ひたすらアインの体へ金棒を打ち付ける。


『折レろ、潰れロ、裂ケロ―――砕ケ、ひしゃゲ、欠ケ。死ネ―――死ネ』


「ッ、ッ……ゲ、ホッ……ッ」


 幾度も、幾度も、金棒を叩きつけてくる黒鬼に――しかしアインは何を思っているのか、その場に立ち尽くしたまま、反撃もせず立ち尽くしていた。


 もはや拷問のような凄惨な光景を見かねて、トゥーナが声を上げる。


「ちょ、ちょっとアイン、なに馬鹿正直に受けてんのよっ! 少しは避けるとか、突っ立ってないで逃げるとかっ……」


「……まさか、アインさん……棺桶を、守って。大切だって、言ってたから……」


「リリィ? なに、言って……そんなバカな真似。……ッ」


 ありえない、などと、トゥーナは否定しきれなかった。

 つい先ほど、棺桶に手を伸ばされた、ただそれだけのことで。


 オーガを彼方まで殴り飛ばすほどに、アインは激昂したのだから。


 そもそも、アインの言動は時にモンスターから見てさえ不可思議で、理解するのが難しい。

 今まさに、反撃もせず棒立ちになっているのが、その証拠……と、殴られ続けていたアインが、不意に口を開き。


「……おまえ」


『死ネ……死ネ、死ネ、死ネ、死―――』


「《叡智の結晶》を、喰らったな?」


『―――――――』


 その言葉は、トゥーナとリリィには理解不能。だが、黒鬼は面食らったかのように、動きを止める。


 時が止まったかのような異様な光景に、どうにか疑問を口に出来たのは。


「《叡智の結晶》……って、一体……何なのよ?」


 トゥーナ――ハロウィン・タウンの魔女娘へと、アインは黒鬼に殴られ続けたダメージなど特に感じさせもしない、いつもの声色で答えた。


「《叡智の結晶》……それはかつて伝説となったが残したという、〝賢者の叡智〟が形として残ったもの。パラケルス、フラメル、サンジェルミ、などなどetc etc……そして初代フランケン、ファウストも連なる。持ち主に膨大なる知識を授けるとされるが……されど、それだけではなく」


「……な、何なのよ、一体どうなるっていうの?」


「それは、モンスターが手に入れれば―――莫大な力をもたらし、同時に暴走を引き起こす。自我が崩壊し、体にも異変をきたし、最悪なら自壊してしまうコトすらある。そしてまさに、この黒鬼が、そうなのだろう」


『……………………』


 金棒を振り上げ、制止した姿勢の黒鬼を、アインは一瞥いちべつもせず続ける。


「俺の旅の目的、その一つは―――俺の先祖も関わる、その《叡智の結晶》という負の遺産をするコトにもある。何せコレは、モンスターだけではない。膨大なる知識は、人間に邪心を呼び起こしてしまうコトもある。……そう、本来ならば不可能なはずの、を成し得ようとするなど、な」


「……………………」


 一瞬だけアインは、盗賊の群れを今まさに倒し終えたロゼを見て――すぐさま視線を切り、自身の棺桶に手を添えた。


「まあ、だから……この盗賊団がハロウィン・タウンを襲ったコトに、俺は無関係ではないらしい。すまないな、トゥーナ」


「……は? いやでも、そんなの……アンタの御先祖が遺したモノで、それを勝手にコイツらが使ったって……アンタには、責任なんて――」


「それでも、だ。これは、俺なりのだ。忌まわしき一族の残した、負の遺産を、いつか消却し尽くす。それが、俺の責任なんだ」


「! そう、なの……それがアンタの、アインが旅をする、本当の目的なのね……」


「いや、メインは〝本当の家族〟を集めるコトで、《叡智の結晶》集めの方がついでなのだが」


「いやだから、〝本当の家族〟云々のほうがよく分かんないんだってば!」


「ふむ。トゥーナは当事者で、家族候補なのに?」


「うきゅぅ」


 アインが何となしに言うと、変な声を発したトゥーナが、ぼっ、と顔を紅くし。


 そうこうしている間に―――動きが止まっていた黒鬼が、改めて金棒を振り。


『………死、ネッ!』


「―――まあ、そんなワケで、だ」


『!!?』


 そこまで、金棒を喰らい続けていたアインが――左腕を上げ、金棒を受け止め。

 右腕で、巨大な棺桶を掴むと。


「ハロウィン・タウンに害を及ぼしてしまったケジメは、ここまで――次は、《叡智の結晶》を、回収するとしよう」


「えっ。……回収って、どうやって……」


「決まっている。喰われたモノは……単純に、だ」


『!? ……!!? ! !!』


 黒鬼が金棒を、押せど引けど、ピクリとも動かず。

 漆黒の肌にさえ、冷や汗が浮かぶと。


「――――失礼いたします、トゥーナ様、リリィ様」


「へっ……きゃっ!? ちょ、なにっ!?」

「きゃっ……ろ、ロゼさん?」


 瞬間、アインの忠実なるメイド・ロゼが、トゥーナとリリィを庇う様に覆いかぶさり。


 マスターたるアインは。

 建物のように巨大な棺桶を―――右手一本で、振り上げて。



―――――


『――――待ッ』


「―――――フンッ!!!」



 アインが右手を振った、その瞬間。


 巨大な棺桶が、唸りを上げて、横薙ぎに振るわれ。


 ―――黒鬼は。


『オッ―――――ゲッ、エエエエエェェェェ!!?』


 その、圧倒的な質量と面積の攻撃に、成す術もなく吹っ飛ばされた。


 いや、同時に吹っ飛んだのは。



 ―――酒場の建物全体の、もだが―――!



「……………………」


 さて、そんな情け容赦の欠片かけらもない一撃を放った、アインへと。

 トゥーナは。


「………いやアンタは大切な棺桶とやら、武器みたいに扱うんかいっ!」


「? 俺は家主のようなモノだし、イイかなって」


「アンタやっぱね!?」


 そういうアインの家族候補らしきトゥーナのツッコミが、冴えるのだった。

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