1街:第13話 モンストル・ワールドの掟へ―――解答

 トゥーナとリリィが連れてこられたのは、酒場の最も広い空間――ボスとおぼしき者は、別の部屋に引っ込んでいるのか、その場に姿はない。


 普段なら人が賑わうであろう酒場の中央へ、乱雑に身を投げ出され、拘束されてなお気の強いトゥーナが反抗する。


「ッ……何よアンタ達! この街の支配者たるアタシにこんな真似して、どうなるか分かってんでしょうねっ!?」


「っ……トゥーナちゃん……」


「シッ。リリィは黙って、アタシの後ろに隠れてなさい……」


 威勢を上げつつトゥーナは、その身でリリィを隠すように、屈んだ姿勢のまま前へ出る。


 が、そんな健気な行動にも、粗暴な盗賊団は嘲笑ちょうしょうで応えた。


「ヘッヘッヘ……仲良しだねぇ、見た目も最上級。こりゃ高い値が付きそうだぜ」


「……フンッ、やっぱり下賤げせんな盗賊団ね。金銭目的で略奪なんて、お里が知れてるわ。大体……ただの人間の女の子まで売ろうだなんて、一体どれだけ困窮こんきゅうしてんのよ。少しでも情けないと思う心があるなら、この子はさっさと解放しなさ――」


「へッ! とぼけんなよ……そいつの正体を知らず、さらったとでも思ってんのかァ?」


「! ……アンタら、まさか……!」


 キッ、と気丈ににらえるトゥーナに、構うことなく――盗賊団の中心であろうオーガが、ニヤけ顔で叫ぶ。



「リリィ=フラワー……いいや、リリィ=フラワー・! 希少な妖精種で、しかも人型サイズなんざ滅多にお目にかかれねぇレアモノだろうがよ!」



「っ……なんで、そんな……」


「オイオイ、このモンスターの世界で……裏の情報網をナメんじゃねぇよ? まあ聞いた話じゃ、魔法でどこにでも花を咲かせられるとかも聞くが……好事家こうずかどもの趣味としちゃ、ちょいとメルヘンすぎるけどなァ?」


「……好事家、ですって?」


 トゥーナの睨む気丈な瞳に、嫌悪の色がにじむと、なおもオーガは愉快そうに。


「激レアな人間サイズの妖精種に……恐怖のハロウィン・モンスターと、伝説の魔女とのスペシャル・ミックス、ハロウィン・タウンの魔女娘! いくらでもいるんだぜ、別の種族を自分のモノにしたいと思うモンスターも……いくら金を積んででも奴隷にしてぇっつう、だってなァ! 覚えときな、世間知らずのお嬢ちゃん!」


「っ。……こ、このっ……ゲス共……アンタ達なんて……この街の支配者である、パパが……パーパ=パンプキンが、魂ごと燃やし尽くしてくれるんだからっ!」


「! ……ああ、そうだな……確かにアイツは、ヤベェよ……とんでもねぇ魔力に、異様なカボチャの魔法。マジで……強なァ」


「そ、そうよ……は? 強……?」


 なぜ、屋敷にいたはずのトゥーナは、さらわれてきたのか――屋敷にいたはずのパーパ=パンプキンは、どうしたのか。

 トゥーナの頭にも、その考えはあった。けれど考えたくなくて、考えないように、していたことを。


 盗賊団のオーガは―――容赦なく告げた。


「モンスターといえど―――ボスに頭カチ割られて、生きてられんのかねぇ? へへへ、だとしたらモンスターも驚くバケモンだぜ―――なあオマエら!」

『ギャハハッ!』『さすがボス、無敵だぜ~!』『オオーーーンッ!』


「………………」

「っ! とぅ、トゥーナちゃん……聞いちゃダメ! ……トゥーナちゃん?」


 リリィがおもんばかるも、トゥーナの反応は、思いがけぬもの。


 トゥーナの、華奢きゃしゃからだを中心に―――渦を巻くは、禍々しき魔力。広い酒場中、一瞬で覆うような、そこにあるだけで潰されそうな重圧をかもしながら。


 ハロウィン・タウンの魔女娘は、目に憎悪の炎を宿らせて、重い声を放つ。


「ふざけるなよ、貴様ら……ハロウィン・タウンで、支配者たる我らへの暴虐……無事で済むとでも思うたか。その愚昧ぐまい脳髄のうずいえぐり出してハロウィンのにえとするぞ……」


「……ヒッ……」


 無法のモンスター盗賊団ですら怯えさせる、異常の魔力――室内に吹き荒れる嵐のようなそれを、一際暴れ狂わせ、トゥーナはおのが魔法を顕現けんげんしようとする。


「もはや許さぬ……貴様らの魂、煉獄れんごくほむらべて堕としてやる――!!」


「っ、お、お……オイッ!? はまだ発動しねぇのかよ!!?」


「―――ぁ? きゃ、あああああああああっ!!!?」


 トゥーナの魔法が炸裂しようとした、直前―――落雷にでも打たれたかのように、トゥーナの体は痙攣けいれんし、その場に倒れ伏す。


 リリィが顔を青ざめさせながら、かがんだ状態のままトゥーナへにじり寄ると。


「トゥーナちゃん!? しっかりしてっ……え、あ……足に、何か!」


「あ、ぐぅ……? な、これ……鉄の、足枷? ……この、刻まれた紋様……」


 憔悴しょうすいしながらもトゥーナが確認すると、オーガが冷や汗を流しながら言う。


「へ、へへ、気付いたかよ……そうさ、魔法を使おうとすりゃ、その魔力の強さに応じた反動が、使用者に返ってくるっつう仕組みよ。……にしても、とんでもねぇ力だったな……カボチャのオヤジより強いんじゃねぇか? ソイツがなきゃ、危なかったかもな……」


「っ。……こんなモノ、つけてまで……アンタ達……最低よ……こんなコト、許されるとでも……思って……」


「は? 許されるのか、って……そんなのよォ……決まってんだろォ!?」


 オーガの大声を皮切りに、モンスターの盗賊団が、口々に叫び出す!


『もはや人間どもは、モンスターに支配されるだけが存在意義!』

『モンスターだって弱けりゃあ、支配されちまって当然よ!』

『そうさ、力こそが全てを決める! それこそが、今の世の中!!』


 オーガが剛腕を振りかざし、ミノタウロスが呵々大笑し、狼男が唸りを上げ。

 無法のモンスター共の有象無象が、叫ぶのは―――!



『『『まさに世界は、モンスター達の楽園!

 ―――モンストル・ワールド―――!!』』』



 力が、全てを決する―――ならば。


「……ふざけ、ないでよ……そんなの……ちがう……そんな、の……モンスターの世界じゃ、ない……アタシ達の……街じゃ、ない。……っ」


 床に這いつくばり、抵抗の術もない、トゥーナの。


「……………誰か……………」


 その、儚く消え入りそうな、涙声を。



「………助けてよぉ………!!」



 聞き届ける者など―――いないのだろうか。


 ……………………。


 いいや



『力が全ての、モンストル・ワールドか―――なかなか、気の利いた言い分だな。

 ならば俺たちも―――


「…………えっ…………?」



 突然に響いて来たのは、トゥーナとリリィもどこかで聞いた、人間の声。


 そして、飛び込んできたのは。


「―――――ブモォォォォォッッッ!!!?」

「へ―――ぎゃああああっ!?」

「な、なんだ!? コイツおれらの仲間の……ミノタウロスじゃねぇか!?」


 盗賊たちにぶつけるように飛び込んできた、牛頭の魔物の顔面は、見るも無惨に腫れあがっており。


 続けて、酒場の入り口から、入ってきたのは。




「どうも、の旅人、アインだ―――

 は出来なくて、申し訳ないが。

 俺の大切な家族候補に手を出した、バカ共に。

 には、報いを与えにきた」




 それはあまりにも、異常なまでに巨大な棺桶を背負う青年。

 自称・ただの人間―――アインだった。

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