1街:第11話 ただの人間、旅人アイン
どことなく不気味ながら、不思議な
今や各所で火が上がり、モンスターの盗賊団が好き放題に暴れまわる、無法の園と化していた。
「ブモモッ……愉快だぜ、やっぱモンスターはこうでなくっちゃよォ! 人間共の悲鳴を浴びてこその、恐ろしいモンスターってモンだろうがァ!」
ある意味、この〝モンスターの世界〟においては常識なのかもしれない、そんな言葉を吐きながら――盗賊団の一人である牛頭の魔物、即ちミノタウロスが理不尽な暴力を続ける。
今まさに、次の住民に暴虐の手を伸ばそうとした―――
「へっへっへ、オラッ、あるモン全部、出しやがれッ……カボチャじゃねぇぞ。カボチャはもういらねぇからな! 肉とか酒とか、金目のモンとか……カボチャはいらねぇんだよもう! 何でカボチャばっかなんだよクソが! もうちょっと、こう……あるだろ!? おれらカボチャの盗賊団じゃねぇんだよ――」
「オイ」
「ブモォォォォンッ!!? なななんだいきなり後ろからァ!」
唐突に背後から声をかけられたミノタウロスが、悲鳴を浴びせたのは――巨体のミノタウロスを圧倒的に凌駕する巨大な棺桶を背負った、線が細く見える青年。
アインが、特に
「この街で、ハロウィン・タウンっぽくないワンピースを着た、小柄な少女を見なかったか? 花の髪飾りをつけた、可愛らしい女の子だ」
「ア、アアンッ!? へっ……知らねぇなァ~? つーか知ってたとしても、何でクソザコ人間に、モンスターのおれさまが教えてやる義理があんだァ?」
「ああそう。じゃ、別の人に聞くからイイ。………オイ、そこの―――」
「オイオイオイ……待てコラ、オイ。もうちょい食い下がるとか、それ以前にこの光景とか見て、何か言うことあんじゃねぇのか――」
逆に引き留めようとするミノタウロス――に割り込み、住民の女性の声が響く。
「ちょちょちょっとアナタ、そこの棺桶背負ったアナタ! 昨日、リリィちゃんと歩いてた男の子でしょォ!?」
「ム、あなたは……仮装に前のめり過ぎる精神性が溢れている、ミニスカおばさん。何か知っているのか?」
「ンマーッ知ってるも何も、見たのよ! リリィちゃんたら気を失って、そいつらの仲間に担がれて、連れていかれてたわ……街中のマーマ=マジョリーナ様の肖像画も焼かれちゃって、助けも呼べないし……きっと自称・オシャレおじさんのスカポンタンが、そんなことまで教えやがったのね! ンモーッ何とかして頂戴~ッ!?」
「なるほど、大変だとは思うが……俺は平々凡々な、ただのアインという人間だからな。大したコトはできないと思うが……リリィだけでも、何とかしてみよう。で、リリィは何処へ連れていかれたのだ?」
「ンマッ、それなら……酒場って言ってたわ! そこでボスだかと合流して……リリィちゃんが高く売れる、とか何とか……早く、助けてあげないと~!」
「そうか、わかった。教えてくれてありがとう。じゃ、失礼する」
丁寧に礼を言って、アインがさっさと立ち去ろうとする――と。
完全に無視されていたミノタウロスが、その牛の顔面に
「オイオイオイオイ……待てコラ待てコラ……随分とナメてくれんじゃねぇか、人間風情がよ……もうテメェただじゃ済まねぇぞ、コラ……!?」
「酒場は……向こうか。リリィも心細いかもしれないし、急ぐとするか』
「テ・メ・エ……ざけんじゃねぇ! コッチ向けや――――!!」
モンスターの大口で、街中に響きそうなほどの怒声を上げた。
そんなミノタウロスが、アインの背負う巨大棺桶を掴み、自分の方へ向かせようとした……が、しかし。
「へ? ……フンッ。……ヌンンンンッ……ンオッ、ラァイッ! ハッ、ハッ……ハッ! シュッ! ドッ!! ビィィィッ! ッフ!! ………へ?」
渾身の力で引けど、全身を使って押せど―――棺桶は、ビクともせず。
まるで地中深くに根を張った大樹を相手に、相撲を取るかの如き虚しい手応え。
怒声を叫んだ口は、今やあんぐりと開かれており。
呆然とするミノタウロスに―――届いた声は。
「オイ」
ビクともしない巨大棺桶を背負う、線の細い青年が。
横顔だけ見せ、長い前髪の隙間から。
魂を斬り裂くような鋭い眼光を浴びせ―――人の口から、放った声は。
「俺と、俺の大切な家族が入る棺桶に、汚い手で触るな。
――――――
「…………ヒ」
それは、人の声と呼んでも、良いのだろうか。
まるで地獄に
自称・平々凡々な人間の、そんな威圧に――モンスターたるミノタウロスは、思わず棺桶から手を放して後ずさり、尻餅をつかぬのが精いっぱいだった。
と、異常を察したのか、ミノタウロスの仲間だろう盗賊団のモンスター達が集まってくる。
「オイオイ、どうしたァ? なんかあったかよォ」
「なんだソイツ、変な棺桶なんざ背負いやがって……高く売れそうにはネェなぁ?」
「たかが人間の分際で、生意気じゃねぇか……頭っから食っちまうかァ?」
ニタニタとした
だが、その輪の外側から声をかけたのは――アインとは別行動で情報収集していた、彼の忠実なるメイド・ロゼ。
「マスター・アイン」
「アァン? ……オッ、なんだなんだ、随分な上玉じゃねぇか。コイツぁ随分と良い値が付きそうだぜ――」
「殺しますか?」
「なんか物騒なこと言ってるゥ~~~」
物騒な盗賊団を軽く怯えさせる、メイドの冷酷なまでに無感情な発言。
果たしてその言葉に、主たるアインは、うーん、と顎先に手を当てて考える。
「そういえば……トゥーナの母君、マジョリーナ殿に、約束していた気がするな」
「はい、マスター。ロゼもそのように記憶しております」
「やはりそうか。……まあ言ってしまった手前、仕方がないな」
ふう、とため息を一つ吐いてから、アインはモンスター達の方へ向き直り。
「ただの人間に、大したコトは出来ないが―――最大限、善処するとしよう」
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