1街:第5話 トゥーナ=スクウォッシュ=ウィッチ・ガール!

 突然に舞い降りてきた魔女娘は、燃え盛る家を気の強い眼差しで見つめつつ。


「フンッ。ここが自称・オシャレおじさんのハウスね……随分と盛大に焼いたものだわ、さすがアタシのパパ。とはいえ夜中に燃え盛られちゃ、鬱陶しいのよね。………他の家に延焼えんしょうするかもだし」


 最後にボソッと小声で呟いていたが、聞こえたのは割と耳ざとい旅人アインくらいだった。


 それはそうと、魔女娘は「フフンッ」と獰猛な気がしないでもない笑みを浮かべ、右手を天高くかかげる。



「さあ、この悪逆なるハロウィンの魔女娘―――

 トゥーナ=スクウォッシュ=ウィッチ・ガールが!

 追い討ちに冷や水ぶっかけてあげるわ―――!!」



 言い放つや、ハロウィンの魔女娘――トゥーナの掲げた手のひらの上空で、膨大なる魔力が渦を巻き。


 宣言通り、濁流の如く流れ出す大量の水が、燃え盛っていた家を一瞬で鎮火する――後に残ったのは焼け焦げた廃屋はいおく、だが続けて魔女娘は。



「フンッ、このアタシの住むハロウィン・タウンに、こんなボロ家があっちゃ名折なおれってモンだわっ……てなワケで、カボチャのおうちよ、出てきなさーい!

 ―――トリック・オア・トリート!―――」



 またも言葉通り、ボンッ、と軽やかな爆発音が響いた直後、一瞬にしてカボチャの頭を模した一軒家が出現する。


〝モンスターが魔法を行使する〟というのは、特段、珍しいことではない――が、ほんの一瞬でこれほどの奇跡を実現できるのは、本人の持つ膨大なる魔力、そして天賦てんぷとも呼べる才能の証左しょうさ


「フンッ、まあこんなものねっ。アタシの恐るべき魔力に、震えるがいいわっ!

 トリック・オア・トリィ~~~トっ♡」


 ピンクブロンドの長い髪をかき上げ、決め台詞と共にパチンとウインクを放つ。

 そんな恐るべき魔女娘に、遠巻きに眺める住民たちが畏怖いふと共にささやくのは。


『な、なんて恐ろしい魔法なんだ……周囲の家に燃え移らないよう一瞬で鎮火して、更には新しい家まで用意するなんて……恐ろしくて震えちまうよッ!』

『こ、怖いわっ……渾身のドヤ顔の後、もはやアイドル待ったナシの可愛すぎるウインクが、あまりにも可愛らしくて怖すぎるわっ!』

『いつも恐るべきツンデレありがとうございます。ゴチになります』


「フフンッ、存分に恐れなさ―――こら誰よ今ツンデレとか言ったの。どこにデレがあるってのよどこに! てかツンとか軽い話でもないのだわっ! 完全に恐ろしい魔女ムーブだったしょーが!」


 魔女娘が何か妄言もうげんじみたことを口走っているが――今まさに救われたであろう自称・オシャレおじさんが、なぜかを上げた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよォ! こんなカボチャ型のダセェ家に、オシャレで知られるおれが住めるわけねぇだろ! もっと別の形に――」


「アンタには〝ちゃんと服を着ろ〟以外に言うコトはない」


「チ、チックショーーーッ! 正論で殴りつけてくるとは、何て恐ろしい魔女なんだ! このモンスターめぇ!」


「まーね」


 フンッ、と終始一瞥いちべつもせずそっぽを向く魔女娘に――遠くから眺めていたアインは、リリィへと雑談を持ち掛ける。


「……というかまず、家を用意してもらった礼を述べるべきではないか? この街のモンスターの支配が大らかなのは、重々理解したが……心にモンスターが住みついてしまっているタイプの人間は、あまり甘やかすと増長するだけだぞ?」


「あ、そうですよねぇ……わたしも正直そう思うんですけど……この街の人たちは、こういう支配に慣れちゃってますから……わたしはちょっと離れた所に住んでいるので、多少は客観的だと思うんですけど……」


「ウーム、そうか。慣れというのも、恐ろしいモンスターのようだな」


 アインが腕組みして考え込んでいる、と――よそ者に目を付けたのか、それとも単純に巨大棺桶が目立っていたのか、恐るべき魔女娘が歩み寄り。


「むっ。……なによアンタ、見ない顔ね。何者かしら。怪しいわね、棺桶といい……なぜか上に乗っちゃってるメイドといい。アタシのハロウィン・タウンに、何しにきたのよ?」


「あ……トゥーナちゃん。この人は、旅人さんで――」


「リリィ―――トゥーナ、でしょ。あと、あなたは黙ってなさい。アタシはこの街を支配するモンスターとして、この男と話してるんだから」


 毅然きぜんとして突っぱねるトゥーナに、リリィはちぢこまってしまう。

 まあそれはそれ、とアインは堂々と返事した。


「俺はアイン、棺桶に乗っているのはメイドのロゼ――旅人だ。特別な用事があって立ち寄ったワケではない。行き倒れていたところをリリィに救われただけだ」


「フンッ、どうだか。全くリリィったら、お人好しなんだから……でもね、この街がチョロいなんて思ってんじゃないわよ。外からの侵略なんて、パパとこのアタシが返り討ちにしてやるんだから。用もないなら、とっとと出ていくコトね」


「ん。まあ長く滞在する予定もないので、その内に出ていくと思うが……支配者たるパーパ=パンプキンには一応の挨拶はしたし、滞在の許可も取っているのだが」


「それはパパとの話で、アタシとじゃないでしょっ。イイ? このアタシの目が黒いうちは、決して――」


「む? ……黒くないぞ、ルビーのように綺麗な瞳だと思うが」


「きっキザったらしい茶々入れてんじゃないわよっ、そういう意味でもないし! とととにかく……この街で好き勝手できるなんて、思うんじゃないわっ。……よーく、覚えておきなさい」


 ビシッ、と細い人差し指をアインに突き付け。

 ハロウィン・タウンの魔女娘は言い放つ―――




「カボチャに畏怖し、そして恐れなさい。

 いつも心に―――トリック・オア・トリートを―――」




「それは本当に意味が分からない」


「フンッ、それはアンタがよそ者だからよっ。とにかく、そういうワケだから……サヨナラっ」


 別れの言葉を吐き捨て、ずかずかと去っていくトゥーナ。

 黙って見送るアインに、リリィはおずおずと言う。


「あ、あの、ごめんなさい。トゥーナちゃん……じゃなくトゥーナさまは、悪い子じゃないんです。ただちょっと、責任感が強くて……」


「ん。ああ、別に気にしていないし、何となく分かるぞ。何しろ……」


『ヒイッ、トゥーナさまっ……今日も恐ろしいくらいお美しいですっ!』

『バカね、可愛いの間違いでしょっ……いえ恐ろしいくらい可愛いわっ!』

『ンッマァ~~トゥーナちゃんたら街に来るの久しぶりね! ほらほら飴ちゃん持っていきなさァい! いっぱいあるから、ホラホラオラオラァ!』


『フフンッ、恐れ崇めなさ―――待ってミニスカおばさん。詰め込まないで、飴をポケットに詰め込まないで、一個とかで充分だから! 前にもらったヤツだってまだ食べきれてないから! もうイイからぁ!!?』


「あの様子だし。……というか飴、律儀に持って帰って、食べているのだな」


「ああ~……わたしもたまに、もらいすぎちゃって困るんですよねぇ……」


 街の人々にトゥーナを眺め、アインとリリィはぼんやりと語り合うのだった。

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