1街:第4話 街の支配者、パンプキン・モンスター!

『う、うっ……ウワアアアッ! おれの、おれの家がァ! 燃えちまうぅ~!』


 野太い男性の声が、行き先から悲鳴のように響いてくる中。

 先を走っていたリリィが、焦燥しょうそうの声を上げる。


「あっ……あ、あれはっ……ほ、本当に燃えちゃってますっ! 自称・オシャレおじさんのおうちがっ!」


「ところでさっきから思っていたのだが、その〝自称・オシャレおじさん〟って何なのだ?」


「あ、それはですね……って、きゃっ! そ、その話は、あとで……この街の支配者、パンプキン・モンスターさんが……空から、降りてきますっ!」


 リリィの言葉通り、それは空から、降りてきた。


 だいの大人、数人分ほどは優にある、巨人の如き巨体!

 その巨体に対してすら、アンバランスなほどに巨大な頭部は、カボチャを目と口の型にくり抜いたかのような異形の顔面!

 仰々ぎょうぎょうしくマントをひるがえし、派手な登場を決めた、そのモンスターは!


 本来なら空洞くうどうたる眼孔がんこう部分に、禍々まがまがしい炎を灯しつつ、名乗りを上げる――!



! 恐れ崇めよ、人間共!

 ワガハイこそはハロウィン・タウンの支配者――パンプキン・モンスター!

 ――――パーパ=パンプキンなり――――!』



 巨大カボチャの口から、ゴウ、と強風と共に重低音の声が響き、街の住人たちも「ひいっ!」と恐れおののく。


 ただ、今まさに家を燃やされている自称・オシャレおじさんだけは、恨みのこもった反抗の声を上げた。


「ふ、ふざけんじゃねぇっ……なんで、なんでこんな真似すんだよっ……おれが、おれが何したっつーんだよォ!」


 その悲鳴交じりの抗議に、恐るべき威容いようのモンスター、パーパ=パンプキンは――どうにも尖った特徴的な笑い声を上げつつ、答えた。


『パーッパッパ……ワガハイの支配するハロウィン・タウンでは、仮装あるいはカボチャのファッションをし、住処すみかもカボチャの家にするというルールのはず……それを破った愚者の家など、焼き払うが当然のむくいよ、パーッパッパッパ!』


 モンスター全盛の時代とはいえ、身勝手にも程がある言動に、アインも思わず表情をしかめて――


「……ふむ、モンスターの感性の強要、それを守らなかったからと家を焼くとはな。この街の支配は、かなり劣悪れつあくらしい――」


『具体的には、全裸にコート一枚を羽織って〝オシャレ〟と言い張る人間は、さすがに捨て置けぬというか……モンスターでさえ引くというか……』


「家を焼かれたのも自業自得じごうじとくでは?」


『あまつさえ、街の女性の前に躍り出てコートの前を開くという尖った趣味があるんだとか……ぶっちゃけ住民からもいちじるしく苦情が上がってきておったし、看過できぬし……ワガハイもさすがにドン引きだし……』


「ああ……自称・オシャレおじさんは、心にモンスターを宿しちゃっているタイプの人間だったのだな」


「あはは、アインさん、うまいですねっ♪」


 和やかに談笑するアインとリリィ。家は絶賛、燃えている。


 と、アインの背負う巨大な棺桶が見えたのか、パンプキンの怪物が彼に声をかけた。


『ムムッ? そこの男と、棺桶に乗っているレディ……見かけぬ顔であるな。さては旅人であるか?』


「ああ、どうも。特に長期滞在の予定もないが、一応、この街を支配するモンスターに挨拶にうかがった次第」


『アッこれはこれはご丁寧に。ワガハイの支配するハロウィン・タウンで、ゆっくり旅の疲れを癒やすが良いわァァァ! パーッパッパッパ!』


「助かる。……ところで滞在するコトに、何か対価など必要だろうか?」


『特にないよ』


「ああそう。ではしばらく、お世話になります」


『はーい。……さて、用事も終わったことだし、ワガハイはこれで。……おっと、そうそう最後に一つ』


 妙にとんとん拍子に話が進んだ、と思いきや――去り行く直前、パンプキン・モンスターは軽く振り返り、キメ顔(カボチャフェイス)で一言。



『いつも心に―――を―――』



「それは意味が良く分からん」


『パーッパッパ! 何と正直な! 逆に気に入った! この街の丘の上にある一番大きな屋敷がワガハイの住処よ、気が向けばいつでも訪ねてくるが良い! 街を支配してはいるものの、普段は特にやることもなくて暇ゆえ、パンプキン・パイでも出して迎えてやろうぞ――!』


「まあ気が向いたら」


『パーッパッパ! では今度こそ、サラバだ―――とうっ!!』


 高笑いした直後、ドン、と跳躍した勢いそのまま、パンプキン・モンスターは宙を舞い去っていく。


 後に残ったのは、嘆く自称・オシャレおじさんと、燃え盛る家。そして、支配者たるモンスターの暴虐ぼうぎゃくに、恐れおののく住民たち。


『ああ、何て恐ろしいのかしら……あの巨体、あの暴虐……わたしたちは、いつまでモンスターの支配に怯えて生きていかなきゃならないの……!』

『いつも心に、トリック・オア・トリートを……つまりおれたちを、いつでも見張ってるってことだよな……くそっ、震えちまうぜっ……』

『自称・オシャレおじさん、可哀そうに……それはそうと、わたしも全裸コートの被害に遭ったことあるので、ざまぁって思ってます』


 口々にモンスターへの畏怖いふささやく、住民たち――嗚呼、これこそが、恐るべきモンスターに支配されし人間たちの、悲痛の声!


 ……ちなみに、旅人・アインの感想はというと。


「う~ん。……リリィ、この街では確か、カボチャは大量にれるのだったか?」


「あ、はいっ。採れるというか、パンプキン・モンスター一家の皆さんが魔法でいくらでも出せるので、それを配ってもらえて……パーパさんの趣味みたいなものだから、お金とかも特に取られないんですよっ」


「うむう。見た感じ、住む場所も服飾も困っていないな。……衣食住は確保されて、パンプキン・モンスターの縄張りゆえに他のモンスターからは守られ、安全性もある。……ちなみに何か、代償は取られているか? 税金とか……」


「ぜいきん? ……えーと、住民には、ハロウィンにちなんだファッションや住宅を、ルールとして強要されてはいますけど……」


「たったそれだけ。……このタウン、めっちゃ良い環境なのでは?」


「えっ……そ、そうなんですか? 他の街や国のこと、良く知らないので……」


「ああ、まあ。国によっては住人の血を吸われ放題だったり、生贄に人間が食われたりしているような地域もあるし」


「ひ、ひええっ……こ、怖いですねっ……」


 むしろ、このハロウィン・タウンが平和すぎるのでは、という気もするが――さて、今もなお絶賛、燃え盛っている家を背景に、アインとリリィが談笑していると。


 その時、立ち去ったパーパ・パンプキンと行き違うかの如く、宙から影が一つ。

 真っ先に気が付いたリリィが、声を漏らした。


「あ。……あ、あれはっ……」


 それは、ほうきまたがる、見るからに年若い少女。


 つばの広いとんがり帽子をかぶり、その下から溢れ出すようなボリュームのある髪は、愛らしいピンクブロンド。


 マントとミニスカートをひらひらと踊らせ、軽やかに地に立つ姿は、ピンと伸びた背筋が美しく。



 まさに彼女こそ――ハロウィン・タウンの、魔女娘ウィッチ・ガール――!



 さて、そんな彼女の登場に、リリィが呟くのは。


「とぅ……ちゃん……」


「ん。リリィ、知り合いか?」


「あ、はい、知り合いっていうか……その」


 おずおずと、リリィが明かす、トゥーナと呼んだ彼女の正体は。



「この街を支配する、パーパ=パンプキンさんの……です」


「……………………」



 思わずアインも沈黙し、見つめる彼女は。


 左手に持った箒の底を立て、右手は細い腰に当て、堂々と立ち。

 長いまつ毛に飾られた、真ん円の目は真っ直ぐ、涼やかな力強さで。


 控えめに言って、絶世の美少女―――アインは、ぽつり一言。



「父親と、全く似ていないな」


「そ、そこはまあ、お母さん似ということで……」



 アインの端的たんてきかつ正直な意見に、リリィは誤魔化すような曖昧あいまいな返事をするしかなかった。

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