1街:第2話 花の少女・リリィ=フラワー

 行き倒れていたアインが出会った、リリィという少女に連れられたのは。

 街とおぼしき場所からは少し離れた、こじんまりとした一軒家。小ぶりな一方で、所狭ところせましと部屋中に花が飾られ、家の外まで溢れ出す勢いだ。


 巨大な棺桶は、美しい花壇が特徴的な庭に置き、屋内に招き入れられたアインとロゼは、リリィの心尽くしを受け――


「えっと、それじゃ……カボチャのサラダと、カボチャのポタージュと、パンプキン・パイと……カボチャのクロケットコロッケと、カボチャのグラタンをどうぞっ」


「どうもありがとう。すごくカボチャだな」


「は、はいっ。あ、それと食後には、カボチャのケーキもありますよ♪」


「何と、とてもとてもカボチャだ……何か飲み物を頂けるだろうか?」


「は、はいっ。では……カボチャジュースをどうぞっ」


「ありがとう。口の中が完全にカボチャだ」


「え、えへへ……それなら良かったですっ♪」


「何と前向きな解釈……笑顔が眩しいな」


「え、ええっ? そ、そんな、恥ずかしいです……」


 照れて赤くなった頬に手を添える、幼気いたいけな少女・リリィは、確かに前向きと言えるかもしれない。


 ちなみにアインがカボチャ料理の山をモサモサと食している間、美しき銀髪メイド・ロゼも無言で食事を続けていた。

 彼女の所作は上品だが、感情の動きが乏しいのか、特に表情も変えず、ウマイとも言いはしない。


 さてしばらくして、アインは出された料理を全て平らげ、手を合わせて礼をする。


「ふう、ごちそうさま。……ありがとう、リリィ。もし拾われていなかったら、俺達は餓死していたコトだろう。随分と、もてなして頂いたが……食材とかは、大丈夫だろうか?」


「餓死しそうだった割には、けっこう元気だった気もしますけど……あ、でも、大げさですっ。それにこの街では、カボチャはので……とりあえず、食べるのに困ることはないんですよっ」


「ほう。そういえば……ここはカボチャのモンスターが支配する、、と言っていたな」


「はいっ。あっ、ええと、外からの旅人さんは、いちおう挨拶に行かないと、っていう決まりがあるんですけど……」


「ああ、理解している。これでも一応、旅人だからな――モンスターが縄張りとする街や国に入るなら、顔見せに行くのは当然だ。礼儀でもあるし、向こうにしてみれば正体不明の部外者だからな。別のモンスターからの侵略を受ける可能性もあるだろうし」


「あ、はい……あ、あの、ここまで招いておいて、いまさらですけど……アインさんやロゼさんは、……ですよね?」


「ああ、もちろんだ。……そうだな、随分と遅れたが、自己紹介といこう」


 座った姿勢で居住まいを正し、アインは簡潔に述べた。



「俺の名前は、アイン――だ。職業は旅人の他に、博士などやっている。苗字はゆえあって


「旅人はともかく……博士さん、なのはちょっと意外かもです。……苗字を捨てた、っていうのは……な、なんだか深い事情があるんですね……」


「ああ、深く不快で胸糞の悪い事情が、少々な。まあ今の時代、平々凡々な単なる人間に、だろう?」


「あ、ああ……それは、、ですね」


 アインの言葉に、反論もなくうなずくリリィ――〝人間に苗字が重要ではない〟という、その意味は。



 ―――――――――――――――――――――――――――――


 このモンスター全盛期の世界において、モンスターは


 たとえば狼男なら〝〇〇=〟〝〇〇=〟など。

 風の妖精なら〝〇〇=〟という風に。


 ちょっと格好つけて〝〇〇=キング=オーガ〟など自己主張の激しいタイプも、たまに。


 そんな中――モンスターと比べてしまえば、数が多いくらいしか特徴のない人間は、妙に多様性のある姓はあれど、そこに大した意味はない。

 それが、今の世の常識である。


 


 ―――――――――――――――――――――――――――――



 さて、自身の自己紹介が終わったところで、アインは続けてロゼに自己紹介するよう促した。


「そして、こちらで今も黙々もくもくと食べ続けている美女が……ロゼ、自己紹介を」


「もぐもぐ。ごくん。……はい、ロゼは、ロゼと申します。マスター・アインの忠実なるメイドとして、お仕えしております。お見知り置きを、リリィ様」


「と、いうコトだ。まあロゼとは、旅を始める前からの、長い付き合いで――」


「マスター。喉が渇いたので、飲み物を取ってください」


「はいはい。ほら、ジュースだぞ」


「ありがとうございます。ごくん。……すごくカボチャです」


(忠実なるメイドとは……?)


 微妙に腑に落ちない表情のリリィ、だが――ハッ、と気付いたように、慌てて自己紹介を返す。


「あっ、わ、わたしは、リリィ……えっと。……リリィ=フラワーっていいます」


フラワー。……なるほど、この家も花だらけだし、値札も張られているところを見るに、花屋を営んでいるのか。可憐で可愛らしいリリィには、似合っているな」


「ひへ。……ふ、ふええっ!? そそ、そんな、急に何を……ま、まさかわたし、口説くどかれちゃってます……!?」


「? いや、別に……ただ事実を、そのまま口にしただけだ」


「そ、それはそれで、何だか……う、うう~……と、ところで、ですねっ。アインさんは、なんで旅をしてるんですかっ? その、こんな……モンスターだらけの世界で、人間が旅するなんて、危ないと思うんですけど……」


 話をらすように、リリィが問うと――対するアインは、特に隠すでもなく、これまた率直に目的を告げた。



「俺は、を探して、旅をしている―――

 いつか命に終わりが来た時、あの、〝本物の家族〟を」



 その言葉は一聴いっちょうしただけで、およそ理解できるものではないだろう――まさにリリィもそのようで、目を白黒させながら、改めて問いかけた。


「え、えーと……〝本物の家族〟っていうのは、その……ことが、前提なんですか? 家族になった結果として、同じ棺桶に入ることになる、っていうんじゃなくって……」


「ん。まあ、ほどの関係というのが、〝本物の家族〟だと思うのだが……違うのか?」


「な、なるほど。えっと、なんていうか、前提条件と結果が直結しちゃってる、っていうのかなぁ……あ、そっか」


 何やらピンときたのか、リリィが人差し指を立てつつ述べたのは。


「アインさんは、なんですねっ!」


「リリィ、おとなしそうな顔して結構、よね」


「えっ、あっ、ご……ごめんなさいっ! 気を悪くさせちゃいましたか……?」


「いや別に。意外とハッキリしていて、むしろ好きだぞ。命の恩人だし、良かったらリリィも、俺の家族になってか?」


「え。……え、ええええっ!? そ、それって……聞きようによってはプロポーズとも、〝おまえをブッ殺す〟って言われてるようにも取れますね……!? まあどっちだとしても、つい少し前に出会ったばかりの相手に、怖いですっ」


「リリィ、やっぱ結構、よね」


「ひ、ひえええっ、ごめんなさい~っ!?」


 なかなか軽はずみな口で謝る、リリィの幼気いたいけな声が響く中で。


「もぐもぐ。……リリィ様、おかわり、よろしいでしょうか?」


 自称〝アインの忠実なるメイド〟ロゼは、ひたすらマイペースに、無表情のまま食事を続けるのだった―――………。

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