第6話 港にて

 コリンス船長はパイプで煙草をくゆらせながらセントローレンスの空を見上げた。

 空は明るく、青い。

 上品に焼いた形のいいパンのような白雲がいくつもその空に浮いていた。

 船長が長くふうっと息をつき、煙草の煙を吐き出す。

 その煙草の煙を手の甲で勢いよく払ってやって来たのは、あのとき蒸気艇に乗っていた女だった。

 貴婦人の着るような、飾りのついた赤い服に、同じように飾りのついた帽子、長い丈のだぶだぶの白いズボン、白のなめし革のブーツという、何かちぐはぐな服装をしている。

 「ところ構わず煙草吸うのとかやめなさいよ」

 女は無遠慮に船長に言った。

 「ところは選んでるつもりだがな、ガートルード」

 「じゃあ、わたしのいるところでは吸わないようにして」

 「アヘンじゃないだけましだと思いなさいよ」

 「少なくとも匂いだけはアヘンのほうがいいわ」

 コリンス船長は、ふん、と鼻を鳴らす。

 ガートルードと呼ばれた女が言う。

 「あんたの国、またアヘンを理由にしてチンに戦争ふっかけてるらしいじゃない?」

 「こんどはアヘンが理由じゃないよ」

 コリンス船長はパイプをくわえたまま言い返す。

 「チンの小役人に国旗を侮辱されたからなんだと」

 「だったら、その役人を突き出させて謝らせればすむ話じゃない?」

 「おれに言うなよ」

 コリンス船長は、ガートルードに目をやって迷惑そうに言った。

 「女王様はもちろん、庶民院ハウス・オヴ・コモンズの議員だっておれが選べるわけじゃなし」

 今度は、ガートルードが「ふん」と鼻を鳴らして、笑った。

 「それに、ま、わたしらが給料をもらってられるのも、そんなあんたの国のおかげだからね」

 コリンス船長はパイプを口から離し、ガートルードの体から遠いほうに持つ。

 煙草の煙が嫌いな女に遠慮したのかも知れない。

 「で」

と訊く。

 「こないだのあれ、何者だい?」

 「タラント一味っていってね」

とガートルードは説明した。

 「ヨーロッパのいろんなところ出身の連中の寄せ集めだね。北はグラスゴーから南はブリンディジまで荒らし回ってた盗賊の一味。タラントって名のってるけど、イタリアとは関係ないらしくて、でもその件で南イタリアの組織と揉めてヨーロッパじゃ仕事をしにくくなったらしくてね。流れて来て、しばらくインドのマドラスにいたらしいけど、そこも人相書きが回って来て。それで、こっちに来た」

 「何やってんだか」

 船長は言って、パイプをくわえ、煙草の煙を大きく吸い込んだ。

 煙を吐き出そうとしたが、そちらにはガートルードがいたので、軽くそっぽを向いて息を絞って吐く。

 その様子をガートルードは目を細めて見て。

 船長が言う。

 「おれも似たようなもんだけどな」

 ガートルードがあらたまって言う。

 「感謝する。夜のあいだ、嵐の下を連れ回して、やつらの足腰が立たないようにしてくれて。あいつられだから、銃撃戦になってたらこっちもそこそこ被害は出たはず」

 言って、細めていた目を開いて船長を見た。

 「でも、あんな嵐に、よく船を出したもんだね。下手をすれば海の藻屑もくずだよ」

 「船は頑丈だし、あの程度でお手上げになるほどうちの連中もやわではないさ。そのかわり」

と船長がことばを切ると、

「はいはい」

とガートルードは答えた。

 「あんたの船員が港で暴れても大目に見るくらいはするけどね」

 で、わざと横目で船長を見る。

 「でも、ほどほどにしといてよ。あんまり派手にやられると、臨時雇いの警官じゃやれることは限られてるからね」

 返事のかわりに、船長はまたパイプから煙草の煙を吸って、今度はゆるく吐き出した。

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