第4話 再び船艙にて

 そのころ、お客さんはどうしていたか。

 四人の客は船艙せんそうのなかで文字どおり転げ回っていた。

 ことばなんか出せたものではない。

 ソーセージとパンを詰め込んでエールで体のなかに流しこんで、それで体を転がし回されたらどんなことになるかはわかりきっていた。まさにそのとおりのことが起こる。

 せめて横になってゆっくりと体を休めていたいところだが、船のほうが、前後に揺れたり、左右に揺れたり、ときには横倒しになったり、高いところからいきなり落とされてどこかに打ちつけられるように止まったりというのを繰り返すので、体を休めるどころではない。

 下手に頭を上げると、自分から頭を壁にぶつけなくても壁のほうが頭にぶつかってくる。床に手をついたつもりでも、床のほうが勝手に沈んでしまうので手をつくことができず、体ごと床に落ちてしまう。と思ったら、床のほうがいきなりはね上がってきて体まではね飛ばされ、そのあと、体が宙に浮いてまた落ちる。

 船艙の扉は、船艙が浸水すると船が沈むから、という理由で、航海士の男が外から鍵をかけてしまった。「開けてくれ」と言おうにも、船艙の戸口まで行くことができない。歩いてたった五歩ぐらいの距離なのに。

 たまに船が前に傾いてその船艙の扉に体がぶつかることもあるが、そのあとの逆の傾きで船の後ろのほうに戻されてしまう。

 その扉からも水は浸入してきて、やがて横倒しになっている体の半分は水に浸かるようになった。

 それでいいことはといえば、壁や床にぶつかるときに水が衝撃を和らげてくれることだ。

 でもそれ以外にいいことは何もなかった。

 船が横倒しになったときに、そこまでは消えずに灯り続けていた船室灯が水をかぶって消えてしまった。こうなったらフリントで火花を飛ばしたって灯がつくはずもないし、それ以前にランプの場所までもたどり着けない。息をしようとするといきなり水が押し寄せてきてのどの奥まで塩水に浸かる。その塩水には、塩だけでなく、いろいろと口に入れたくないものが混じっている。

 それに、暗闇のなかで、このままでは船が沈むのではないかという恐怖が一人ひとりのお客さんを深くとらえていた。

 なお悪いことに、この大揺れで荷物のケースも倒れ、床や壁に打ちつけられ、留め金がはずれて中に入っていたものが散乱してしまった。

 金は鉄よりもずっと比重が大きい。その金属の塊が、闇のなかで転がり、水しぶきとともに空中に散乱した。それが船客たちの体に容赦なく襲いかかる。

 ただ両手で頭を抱えて守って耐えるしかなかった。

 眠ってしまえればいくらか楽だったかも知れないが、眠れるものではない。闇のなかで揉まれて、互いの体を含めてよくわからないものにぶつかってこられるうえに、気を抜くと海水に頭を突っ込んで息ができなくなる。

 永遠に続くと思えるような時間が過ぎた。

 船の大揺れはまだ続いているものの、激しく揉まれ続けて一瞬も気を抜けないような状態ではなくなったとき、四人の船客は膝まで海水に浸かったまま床にへたり込んでいた。

 船艙の入り口にはわずかにすき間があって、外から白い明かりが漏れている。

 「あの船長の野郎……」

と、ぼうぜんとしたしたまま「第二ヴァイオリン」の男が言ったとき、その外からの明かりが何かに反射して、金色にまぶしく光った。

 その光に、黒髯の男がいきなりわれに返った。

 「おい。金塊をさっさとケースに戻せ!」

 戻せといったところで、ケースはどれも留め金が吹き飛んで壊れていた。

 しかも、浸入した海水にぷかぷか浮かんで、船の揺れに合わせてあっちに行ったりこっちに来たりするので、ケースをつかまえるだけでたいへんだ。

 いきおい、大きさが大きく、入れやすいチェロのケースに、みんな手当たりしだいに金塊をほうり込む。

 「お、おい。おれのにばっかり入れるな!」

 目をぎょろつかせている「チェロ」の男が抗議したが、ほかにやりようがなかった。

 「おーい、お客さん方! 無事でらっしゃいますかぁ?」

と、あの航海士が船艙の外で大声を上げたとき、船艙の男どもはチェロのケースにあらかた金塊を投げ込み終わって、なんとか蓋をしたところだった。

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