第2話 船艙の密談

 乗り込んだ四人の客が、パーシャンハウンド号の航海士だという男に案内されたのは船艙せんそうだった。

 「けっして居心地のいい場所じゃありませんが、今日は出港できないっていうのに、あんたがたが押し乗ってきたんだ。だから、あんたがたが今晩はここでがまんしてくださいよ」

 黒いひげの男が抗議する。

 「もっといい船室があるものだと思ったが」

 「それがですねぇ」

 航海士は決まり悪そうに言った。

 「あることはあるんですけど、この荒天です。普通の船室は水が漏るかも知れません。ここがいちばん安全なんですよ」

と言い、

「まあ、この船のなかじゃ、船長の指示に従っていただく、ってことで、そうじゃなければ下りていただく、ってことになりますが」

とつけ加えた。

 「ああ、いや、いいんだ」

 黒い髯の男が言う。

 「わたしらの安全に配慮して、ということなら、ひと晩のことだ。感謝する」

 そう言って、黒髯がまる椅子に腰を下ろすと、ほかの三人もそれに倣った。

 「じゃ、今晩分のお食事として。いえ、みなさまにはとてもご満足いただけないのはわかってるんですが、こっちも急なことで。エールと、ソーセージと、パンと、置いて行きますんで。あ、あと、船室灯は壁についてます。ランプの石油は密閉してますし、覆いのガラスもしっかりしてるんで風で消えるなんてことはないと思いますが、もし消えるようなことがあったら、燧石フリントを仕込んでありますんで、火花を飛ばしてもらえばまたきますんで。それじゃ、よろしく」

 そう言って航海士は出て行ってしまった。

 男どもは、男が扉を閉めて出て行っても、しばらくは身動きせず、様子をうかがっていた。

 しばらくして、ほっと息をつき、姿勢を崩す。

 「水が漏るとか、そんなことを言わずに船室に泊まらせてくれりゃいいものを」

と、さっき、三番めに並んでいた、ヴィオラのケースを持っていた男が言う。この男はいちばん背が低くて、声が高い。

 「まあいいさ」

と言ったのは、さっきはいちばん後ろにいた、チェロのケースを持っていた男だ。髪には白髪が交じり、目をぎょろっとむいてしゃべる。

 「ここのほうがたがいに顔を合わせて話ができていいかも知れん。ここでは、大声を出さなければ、外から聞かれることもなかろうしな」

 黒髯が、うん、とうなずいて、自分の円椅子を前へ引くと、ほかの連中も同じように円椅子を前に出した。

 「無理して出発することもなかったんじゃないか? 無事、身替わりが捕まってくれたことでもあるし」

 そう言ったのは、黒髯の後ろにいた、いわば「第二ヴァイオリン」の男だ。

 「おれたちの名声ってやつを甘く見るんじゃない」

 黒髯が答える。

 「見るやつが見ればわかる。あんな地元のチンピラの仕業のわけがない。いずれタラントの四人組・カルテットの仕事だと見抜くだろうよ。でも、今晩、それに気づいたって、この嵐だ。たとえコニディーに向かったと知ったところで、嵐がおさまってから追跡の船を出したって間に合うもんじゃないし、まだこのへんには海底電線も通じてないからな。電報で先回りされることもない」

 黒髯は不敵に笑った。

 「それに、この嵐に船を出すなんてきものあるやつは、パーシャンハウンド号のコリンズ以外にいるはずもないからな」

 「でも」

と、チェロの、目をむいてしゃべる男が言った。

 「あのコリンズってやつ、だいじょうぶなのか?」

 黒髯が答える。

 「ああ。船を動かす以外には何の興味のない男さ。それに」

と、いったんことばを止めてから、言う。

 「もしやつが妙な気持ちでも起こしやがったら、さっさとやつらを片づけてこの船をおれたちのものに……」

 そのことばの途中で、四人の男どもは円椅子ごと空中に投げ出された。

 投げ上げられた以上、床に落ちる。

 だが、男どもは、床に落ちただけではない。下から床が勢いよくせり上がってきて、そこに叩きつけられたのだ。

 「いってぇ……」

 「もうちょっと」

と言う間もなく、男どもは揃って右に倒れる。

 倒れたと思ったら、そのまままた揃って左へとずり落ちる。突然、船艙の床が、ほとんど直角に左に傾いたからだ。

 「おいっ!」

 ひじのところで体を支えて頭を起こした黒髯の男が声をかけた。

 「早いところ腹ごしらえしてしまおう。これから何が起こるかわからんのだ。やつらが毒を盛るなんてこともしないだろうしな」

 エールの瓶は竹を編んだ容器に入れてあったから転がってもすぐに割れることはなかったが、何度もいまのような衝撃が繰り返されれば割れてしまうかも知れない。

 黒髯はそのエールが惜しかったのかも知れない。

 「揺れる」という表現が甘いほど激しく揺り動かされるなかで、男どもはソーセージとパンを口に押し込み、それをエールで腹の中に流しこんだ。

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