第23話 @高坂雫

 今回はタクシーを使わず、朝焼けの街を二人で歩いた。


 あの頃、私が和くんを避けてたような朝の街。そんな時間に二人で歩いていた。


 和くんは、そんなこと忘れちゃったかもしれないけど。ネチネチと責めてくれてもいいのに、そんなことするわけないか。


 それに何か腑に落ちない顔をしているし、それはそうだろうなと思った。



「また喧嘩でもしたのかい?」


「……」



 酔ったフリをして、高校時代の時のように、腕を組んでみたけれど、彼はその時と違って照れもしなかった。おそらくお客さんともこうしてたりするんだろうなと、何となく嫌な気分になる。


 恥知らずな私だけど、思うのだから仕方がないと思う。



「ううん、私、離婚したの」


「そうだったのか…」


「くすっ、ごめんね。いろいろとアドバイスしてくれたのに」



 そんな私のさっぱりとしたセリフに、和くんは目を見開き、優しい顔をした。



「いや、それはそれだよ」


「ふふ。でもまた、マッサージ頼んでいいかな…?」



 真島さんからは、和くんの動向を逐一流してもらっていた。特定の人はいないようで、そこは安心してる。



「……雫、君、悩みを抱えてないだろう?」


「ううん、悩んでるわ。1000%くらい」


「さっき聴いた曲じゃないか…」


「今更だけど、輝くハレーの雫って、昔、恥ずかしかったわ」


「おじさんとおばさんが好きだったからね…。うん? つまり悩みはないってことかい?」


「悩みはちゃんとあります。あの不思議な絵を見たら、なんだか海に行きたくなったわ」


「全然繋がらないじゃないか。雫ってそういうとこあったよね…」


「ふふ、和くんにだけは言われたくないなぁ」


「なんでさ」


「だって、いつも比喩が変だったんだもの。みんな言ってたわ」


「…しかし、悩みか…うーん…」


「あ、聞いてないフリした。ねぇ、当ててよ、マスター?」


「君に言われるとくすぐったいね」



 それからいろいろと当てようとしてくれるけれど、和くんは悉く外してくれた。


 そのやり取りは、まるで本当にあの頃の、帰り道の風のようで、優しくも強く胸を締め付けてくる。


 和くんもデジャヴを感じたのか、昔したような懐かしい話をしてくれた。


 笑い合う二人はもう二度とあの頃には戻れないのだろうけど、また作れば良いじゃないかと彼の言いそうなセリフを、頭の中に都合よく描いてみる。


 そうして滞在先のホテルに着いた。


 前回と同じところだ。


 ここから私はまた始めようと気合いを入れる。



「なんだろう、僕の感が鈍ったのかな。降参、参ったよ。いったい何について悩んでるんだい?」


「ふふ、息子についてよ」


「…息子…? …そ、そうか…おめでとう、でいいのかな…」



 案の定、和くんは夜に出歩く片親で子持ちの私の頭の中を心配して、少し怒るような目線になった。


 お酒も入ってるんだし、少しくらい荒げてもいいと思うけど、一旦は聞こうじゃないかと話を促してくる。


 それからは子供の動画を見せた。


 生まれてから今現在の様子まで、余すことなく全て見せた。


 旅行中は実家に預けてお母さんとお父さんに面倒を見てもらっていると聞いた彼は、だんだんと慈愛に満ちた顔になっていく。


 子供、昔から好きだったものね。



「そっか。動画ってこれのことか…はは、びっくりしたよ…。でも、良いお母さんしてるんだね」


「そ、そうかな…」


「そうさ。しかも君の昔の頃に似ていてすごく可愛い。天使みたいだ」


「……」



 それは、例えばいつか、あなたの前で言おうと思っていたセリフだ。


 だって、私からすると、小さな頃の和くんにしか見えないんだもの。



「…私のこと、そう思ってくれてたんだ」


「ま、まあ、そうだね。ははは…」



 そう言って、過去を否定しないでいてくれる和くんの手を取って優しく撫でる。


 思えば、待ってばかりで自分からこうしなかったのが、一番の間違いだったんだろうなと思う。


 ああ、さっきよりドキドキとしてくる。


 和くんの脈もさっきより早い。



「そういえば言ってなかったけど、ありがとう、一回で当ててくれて」


「…ことごとく外したけど…?」


「上手くいく、上手くいく。君の願いはきっと叶う。いつか言ってくれたでしょう?」


「…あっと、はは、そんなこと言ったかな…でもその顔は…叶ったってことでいいのかな」



 そのセリフに、私は頷き、二人の未来が再び混ざり合い、叶えるんだと、あの日の動画を再生した。


 和くんが疲れ果てて寝た時のだ。



「ええ、だってこの子、私と和くんの子共なんだもの」


「へ?」



 困惑しながら動画の中の二人を見る彼に、おそらく拒否はされないだろうと、私は抱きついた。


 朝が来ても、夜が開けても、月夜の男女は、あの頃みたいに終わらない。


 だからきっともう一度、二人目願いは叶うはずだと、私は彼に情熱的なキスをした。

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