第18話

 部屋に着いたなり、まずは風呂に入ろうと誠太は雫を誘った。


 「後で行くわ」と大きくなったお腹をさすりながら答えた雫を見て、誠太はにんまりとした笑顔を浮かべた。



「じゃあ先に入ってるよ」



 何度も脅した甲斐もあって従順になった姿を見て、誠太はようやく長年の思いを遂げた気分だった。


 最初に雫に目をつけていたのは誠太だった。あの凛とした黒髪と巨乳とアイドル顔負けの美人顔を大学の入学式で見て惚けたものだった。


 プログレスの噂は聞いていた。


 すぐに入った新歓で雫を見かけた時は焦ったものだった。


 いつの間にか酔わされ、その日のうちにお持ち帰りされた雫を見て、いつか必ず抱いてやると決めていた。


 だが隆章は雫に惚れ込んだ。


 通常なら回って来るはずなのに、一向に回ってこない。ならばと隆章と仲良くすることを選び、都合の良い後輩枠に収まった。


 育てたマルチ紛いのサークルを譲られたから渋々諦めたものの、あの頃、だんだんと彼氏を裏切っていくことを自分で肯定し背徳に溺れていく姿と、それでも折れないあの心の強さに何とも言えない情欲を誘われたものだった。


(雫ちゃんは覚えてないようだけど、ここはあの裏切りの旅館だよ)


 あの頃、まだ堕ちない雫ちゃんは隆章と外に出ても下を向いていたし、遠目から見ても悩んでいるような仕草だった。しかもその後にぶっ壊されたのだ。覚えてないのは仕方ないのかも知れない。


 そこからはつまらない女になってしまった。髪を明るく染め、露出の多いトロフィーみたいな女。


 先輩好みで俺の嫌いな量産型女子大生になってしまった。



「そういえば里香も最初はそんなだったな…」



 結婚してからは心踊ることは少なくなったし、プログレスを大きくすることだけを考えて馬鹿な学生を勧誘しまくってきた。


 金は手に入れたけど、どこか満たされなかった。


 そんなある日に、後輩の鮫島が同じ手法をコピーしやがった。いずれ誰かするとは思っていたけど、あれは圧倒的な美人と先輩みたいなカリスマがあるから上手くいくのであって、案の定コケて危うく明るみになるところだった。金を倍にして握らせたら何とかなったけど、ほんとに冷や冷やした。


 鮫島達は俺の部下にしたけど、でも、これはもしかして使えるかもと先輩と雫ちゃんを嵌めた。


(まあ、先輩もよく信じて動いてくれたもんだ)


 一番警戒していた先輩は、昔ならすぐに疑うはずなのに会社が忙しいのか昔のキレがなくなったのか、ほとんど俺の話を鵜呑みにして雫ちゃんとの時間を作ってくれた。


 旅行は今回のような時の為に行ってもらったけど、家に帰る直前に俺と会ってたんだ。そりゃあ艶っぽいはずだろ。



「はは。托卵に気づかないとかアホじゃね」



 それにしても俺と雫ちゃん、どちらに似た子供になるんだろうか。誠太は秋空を見上げてそうつぶやいた。





 隆章が意識を取り戻すと、一面コンクリートに覆われた部屋で、椅子に縛られていた。


 薄暗く、何やら地下室のようだった。



「お目覚めですかな」


「……」



 そこには縁日で売られていそうな安っぽい恵比寿様の仮面をかぶった男がいた。ヒョロガリの小さな男で、声からしてどうやら年老いたジジイのようだ。



「いい月夜ですよ。こんな日は男女で喫酒喫酒したいものですなぁ」


「…誰だお前…」



 キッシュキッシュが何のことかわからないし、月なんて見えないだろうが。隆章は目の前に立つエビス男に、低い声でそう問いかけた。



「誰でもありませんよ。ただのアベンジャーでおま」



 そう言ったエビス男は、とても嬉しそうに口角を上げながらしわくちゃな声で笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る